作品紹介
■Story
15世紀前半のイギリスは英仏百年戦争の末期。 父のヘンリー四世亡き後、28歳のヘンリーは、これまでの飲み仲間フォルスタッフや悪友たちときっぱり手を切り、国王としての道を邁進する。
ヘンリーは正当なフランスの王位継承権を要求するが、仏皇太子に侮辱にも等しいやり方で拒絶され、フランス進駐の決意を固める。 裏切り者の貴族たちを処罰し、軍規のためにはかつての友さえも処刑しなければならない王としての苦しみ。 やがてハーフラーの戦いを経て、いよいよ聖クリスピアンの日にアジンコートで決戦のときを迎える。 敵の勢力は味方の五倍。 遠征で疲弊しきった兵を鼓舞し、王自ら敵の軍団に切り込んでゆき、奇跡的な勝利をおさめる。
ヘンリーはフランス王女キャサリンとの婚約を果たし、イギリスとフランスというふたつの王国を手中に入れたのだった。
■Check
□ヘンリー五世
1387年ヘンリー四世と妃メアリー・ド・ブーンの長男としてウェールズ南東部マンマスに生まれる。父王の死去に伴い1413年4月に戴冠。
1414年、ヘンリーはフランス王シャルル六世に、キャサリンとの婚姻やフランス王位継承権、アーンジューやブルターニュなどに対する主権に回復などを要求として突きつける。 交渉は決裂し、翌1415年フランスに上陸、8月にHarfleurを占領、10月25日Azincourt(Agincourt)の戦いで大勝利を収める。 その後も進撃は続き、1420年にトロワで結ばれた講和条約でフランスの半分をイングランド領とし、シャルル六世の王位継承者をヘンリーとすること、キャサリンに莫大な持参金をつけさせることを取り決めイギリスに戻った。
しかし皇太子支持派の反乱を抑えるために再びフランスに渡ったヘンリーは赤痢にかかり、1422年にフランスのヴァンセンヌの森で死去。 在位9年、享年35歳。 ウェストミンスター・アビーに埋葬される。
□聖職者たちの思惑
「新法が通れば我々の財産は半分になってしまう」 大司教たちは、王が教会に対する課税を強化しようとしていたのを恐れ、その矛先を海外に向けさせるために、フランス侵略を提言していた。
□フォルスタッフと仲間たち
シェイクスピアの『ヘンリー四世・第一部』で描かれている皇太子時代のヘンリーは、「ハル王子」として悪友の騎士フォルスタッフたちと夜な夜な飲み歩き放蕩の限りを尽くし、父王ヘンリー四世を悩ませていた。 ところがシュルーズベリーの戦い(ノーサンバーランド伯ヘンリー・パーシーの息子であるホットスパーとの一騎打ちなど)をきっかけに、未来のイギリス国王としての自覚を強め、悪友たちとの付き合いをきっぱり絶ち、父王亡き後ヘンリー五世として即位したヘンリーはガラリと変身する。 戴冠式に駆けつけたフォルスタッフに対し「おまえなど知らぬ」と拒絶の言葉を投げつけて。
本作では巨漢の騎士フォルスタッフの死と仲間たちの従軍・戦士が描かれている。
- フォルスタッフが登場するシェイクスピアの戯曲:
- 『ヘンリー四世・第一部』、『ヘンリー四世・第二部』、『ウィンザーの陽気な女房たち』
□リチャード二世に対する呵責
ヘンリーが「父が王冠のために犯した罪はお見捨てください」と神に祈る場面がある。「リチャード王の遺体は埋葬し、血で償う以上の悔恨の涙をその上に流しました」と。
ヘンリーの父であるヘンリー四世(=ボリングブルック)は、いとこのリチャード二世の王位を奪ったうえに(1399年)暗殺してしまったという過去がある。 王位簒奪者の息子であるということで、リチャード二世に対し良心の呵責を感じていたのか。
リチャードの遺体は、当初ヘンリー四世がロンドン郊外キングス・ラングリーのドミニカン・チャーチに埋葬したが、ヘンリー五世は即位するとすぐロンドンのウェストミンスター・アビーに改葬した。
余談だがリチャード二世の二度目の妻は、シャルル六世の王女イザベル。7歳で嫁いだが10歳でリチャードと死別した。 フランスに戻った彼女はオルレアン公シャルル(1391-1465)と再婚するが、出産のときに死亡する。 このオルレアン公は映画にも登場するが、アジンコートの戦いでイングランド軍の捕虜になる。
□作中に言及されているヘンリーの先祖
- エドワード黒太子(ブラック・プリンス)
- ヘンリーの叔父。 エドワード三世の長男。フランス王は「クレシーの戦いでは、エドワード黒太子によって貴族たちが捕虜になった。 ヘンリーはその血を引いている。」と語る。
- エドワード三世
- ヘンリーの曽祖父。エドワード二世の長男。 アジンコートの戦いの後 「曽祖父にも劣らぬ戦いぶりだった」と言われるヘンリー。 エドワード三世の長男(エドワード黒太子)の息子がリチャード二世で、四男(ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント)の息子がヘンリー四世。
□ウェールズ
アジンコートの戦い前夜、ヘンリーは身分をやつして野営している兵士たちを見て回る。 ピストルに名を尋ねられ思わず「ハリー・ラ・ロイ(Roi=フランス語で王の意味か)」と名乗るヘンリー。 変な響きなので「コーンウォール名か」と聞かれるが「ウェールズ人だ」と返す。 コーンウォールも土着のケルト文化が強い地域で、変わった名前が少なくないところ。 ハリーがとっさにウェールズ人だと答えたのは、実際にウェールズ生まれのプリンス・オブ・ウェールズ(=皇太子)だから。
それを聞いたピストルは、聖像を盗んで死刑になるBardolph中尉の釈免をエクセター公に頼んでくれなかったからといって、ウェールズ人のフルーエルン大尉を恨んでいたのを思い出して「聖デービッド祭ではあいつの頭をネギで殴ってやる」と息巻く。 聖デービッドはウェールズの守護聖人(イングランドは聖ジョージ、スコットランドは聖アンドリュー、アイルランドは聖パトリック)、ネギはウェールズの象徴。
フルーエルン大尉は「先の戦いでウェールズ人は勇敢に戦いました。ネギを帽子につけるのは名誉の印です。」と言っている。
オリヴィエ版では、ピストルはフルーエルン大尉の訛りを笑ってウェールズ人を馬鹿にしたために、しかえしに彼が帽子につけていたネギを食べさせられてしまう。
□妃キャサリン、跡継ぎのヘンリー六世
末娘キャサリン(またはカトリーヌ・ド・ヴァロワ, 1401-1437)にも狂王シャルル六世(1380-1422)の血は受け継がれたのか、生後数ヶ月でイギリス王位についたヘンリー六世(ヘンリー五世とキャサリンの息子)も後に発狂する。 彼はフランスとの百年戦争(この戦いでジャンヌ・ダルクを処刑)で、父が獲得したフランスの領土をすべて失ってしまう。
ヘンリーの急逝により21歳で未亡人となったキャサリンは、身分違いの秘書のオーウェン・チューダーと密通・再婚(一説によると内縁関係)し、その息子リッチモンド伯エドモンド・チューダーがマーガレット・ボーフォートとの間にもうけた息子が、後にヘンリー七世としてリチャード三世の後を継ぎ王位につくことになる。
■関連リンクと参考資料案内
原作のテキスト全文>http://www.chemicool.com/Shakespeare/henryv/
- 『英国王室史話』 (上巻・下巻) 森護・著/中央公論社/2000年
- 上巻でヘンリー四世、五世、六世・・・と王権の移り変わりが詳しくわかる。
『ヘンリィ五世』 Henry V(1945)
製作・監督・主演:ローレンス・オリヴィエ
原作:シェイクスピア
撮影:ロバート・クラスカー
音楽:ウィリアム・ウォルトンシェイクスピアのカラー映画化作品としては世界初。 製作当時は第二次大戦中で、「アジンコートの戦い」の舞台となったフランスのアジャンクールがドイツ軍の占領下にあったので、アイルランドで撮影された。
■Check
□シェイクスピア当時のグローブ座
この作品の冒頭は、1600年5月1日のグローブ座から始まる。 1600年のロンドンを上空から見下ろすと、ロンドン南部に二つの劇場が建っているのが見えるが、ひとつはグローブ座(1598年建築、開場はその翌年)、もうひとつはローズ座(1587年、フィリップ・ヘンズロウが建てた)。 どちらも円形で天井がないオープンエア(雨が降ると土間席にいる客は濡れてしまう)。 楽屋裏の様子なども含めて、当時の観劇スタイルの雰囲気が楽しめて参考になる。 テムズ川にかかる橋の上に建物が立っているのも、往時の雰囲気を偲ばせる。(昔ロンドン橋の上には実際に建物が並んでいた)
■ロケ地
Powerscourt House, Enniskerry, Co. Wicklow, Ireland
■Awards
ヴェネチア国際映画祭:特別賞受賞(ローレンス・オリヴィエ)
NY批評家協会賞:男優賞受賞(ローレンス・オリヴィエ)
米アカデミー賞:4部門ノミネート(作品賞、主演男優賞、劇・喜劇映画音楽賞、室内美術装置賞)(その他)1999年度英国映画協会によるベスト100作品:18位にランクイン
■キャスト
Leslie Banks .... 語り手
Laurence Olivier .... ヘンリー五世[聖職者]
Felix Aylmer .... カンタベリー大司教
Robert Helpmann .... イーリー司教[貴族たち]
Gerald Case .... Westmoreland伯爵
Griffith Jones .... Salisbury伯爵
Morland Graham .... Sir Thomas Erpingham
Nicholas Hannen .... Exeter公爵
Michael Warre .... Gloucester公爵[フォルスタッフと仲間たち]
Roy Emerton .... Bardolph中尉
Robert Newton .... Ancient Pistol
Freda Jackson .... Mistress Quickly
George Cole .... Boy
George Robey .... Sir John Falstaff[兵士たち]
Esmond Knight .... Fluellen (ウェールズ人)
Michael Shepley .... Captain Gower
John Laurie .... Captain Jamie
Niall MacGinnis .... Captain MacMorris (アイルランド人)
Vernon Greeves .... イングランドのの使者
Brian Nissen .... Court (English Soldier)
Arthur Hambling .... Bates (English Soldier)
Jimmy Hanley .... Williams (English Soldier)[フランス]
Harcourt Williams .... フランス王シャルル六世
Max Adrian .... 皇太子
Russell Thorndike .... ブルボン公
Leo Genn .... 軍事長官
Francis Lister .... オルレアン公
Valentine Dyall .... ブルゴーニュ公
Ralph Truman .... Mountjoy (伝令)
Ernest Thesiger .... Berri公爵
Jonathan Field .... フランスの使者
Frank Tickle .... Harfleur領主
Renee Asherson .... 王女Katharine
Ivy St. Helier .... Alice(王女の侍女)
Janet Burnell .... Queen Isabel of France■参考資料とソフト
『ロンドンの劇場』大場建治・著/研究社
(1945年 イギリス 131分)
『ヘンリー五世』 Henry V(1989)
監督・脚本・主演:ケネス・ブラナー(当時28歳)
原作:ウィリアム・シェイクスピア
撮影:ケネス・マクミラン
音楽:パトリック・ドイルこの戦でのヘンリー5世は28歳前後なので、ちょうどブラナーと同い年くらい。
■ロケ地
シェパートン・スタジオ
Crowlink, East Sussex(National Trust)
・・・セブン・シスターズの白い崖■Awards
英アカデミー賞:監督賞受賞(ケネス・ブラナー) 、5部門ノミネート
米アカデミー賞: 衣裳デザイン賞受賞(フィリス・ダルトン)、監督賞・主演男優賞ノミネート(ケネス・ブラナー)
NY批評家協会賞: 新人監督賞受賞(ケネス・ブラナー)■キャスト
Derek Jacobi .... 語り手
Kenneth Branagh .... イングランド王ヘンリー五世
[貴族たち]
Simon Shepherd .... グロスター公ハンフリー (ヘンリーの弟)
James Larkin .... ベドフォード公 (ヘンリーの弟)
Brian Blessed .... エクセター公トマス・ボーフォート(ヘンリーの叔父)
James Simmons .... ヨーク卿エドワード
Edward Jewesbury .... Erpingham卿Thomas[兵士たち]
Ian Holm .... Fluellen大尉(ウェールズ人)
Daniel Webb .... Gower
Jimmy Yuill .... Jamy大尉
John Sessions .... Macmorris大尉(アイルランド人)
Shaun Prendergast .... John Bates
Patrick Doyle .... Court
Michael Williams .... Williams[ヘンリーの皇太子時代の親友たち]
Richard Briers .... Bardolph中尉
Geoffrey Hutchings .... Nym伍長
Robert Stephens .... Pistol
Robbie Coltrane .... Falstaff
Christian Bale .... ファルスタッフの小姓
Judi Dench .... Mistress Quickly (Pistolの妻)[聖職者]
Charles Kay .... Canterbury大司教
Alec McCowen .... Ely司教[裏切り者の貴族たち]
Fabian Cartwright .... Cambridge伯
Stephen Simms .... Scroop(マーシャム卿)
Jay Villiers .... Grey卿Thomas(ノーサンバーランドの騎士)[フランス側]
Paul Scofield .... フランス王シャルル六世
Emma Thompson .... Katherine (王女)
Michael Maloney .... Dauphin (皇太子)
Harold Innocent .... Burgundy公
Richard Clifford .... Orleans公
Colin Hurley .... Grandpre
Richard Easton .... 長官
Christopher Ravenscroft .... Mountjoy(伝令)
Geraldine McEwan .... Alice (王女キャサリンの侍女)
David Lloyd Meredith .... Governor of Harfleur
David Parfitt .... 使者■ソフト
(1989年 イギリス 137分)
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