タイトル*
監督:David Lynch
脚本:Christopher De Vore/Eric Bergren
撮影:Freddie Francis
音楽:John Morris
原作:
Ashley Montagu _The Elephant Man: A Study in Human Dignity_
Sir Frederick Treves _The Elephant Man and Other Reminisces_
1883年、ヴィクトリア朝後期のロンドン。ホワイトチャペルにあるロンドン病院の外科医トリーヴズは、見世物小屋で"エレファント・マン(象人間)"と呼ばれていた奇形の男ジョン・メリックの姿に衝撃を受け、興行師のバイツから借り受けその症状を学会で発表した。やがて彼はメリックが虐待を受けていたことを知り、自分の患者として病院に引き取る。 醜く変形した外見にもかかわらず、純粋で真摯な魂が宿ったメリックとトリーヴズはしだいに心を通わせてゆくが・・・
本名はJoseph Carey Merrick。Treves医師が回想録を書く際に、JosephをあえてJohnと記述したらしい。父Joseph Rockley Merrickと母 Mary Jane Pottertonの子としてイングランド中央部の地方都市レスターのLee Street50番地に生まれ、生後20ヶ月から出始めた奇形の症状は5歳ごろから目立ち始めるように。それでも12歳までは頑張って学校に通っていたという。10歳の時(1873年)に母を亡くすが、翌年父親が再婚し、継母は醜い彼を疎んじるようになり、耐えかねて17歳で家を出て物売りとして自活するようになる。(メリックが母の写真を大事にし、たびたび取り出しては眺めていたのも、早くに亡くなった母への思慕のためだろう)
やがて病気の進行につれて物売りもできなくなり、1879年12月にはレスターの救貧院に入所したという記録がある。1882年に20歳で最初の外科手術を受けるが症状は改善せず、1884年から自らを見世物として生計を立てるようになる。やがて彼の姿が評判となったためロンドンに上京し、ちょうどロンドン大学の向かいにある広場ウェイスト・マーケットで興行をしていたときに、Treves医師とめぐり合ったという。頭の外周は約80-90センチもあった。その後オーストリア人興行師にベルギーに連れ去られるが1886年にロンドンのリバプールストリート駅に戻る。
ロンドンに戻ったメリックのためにカー・ゴム院長はタイムズ紙に書簡を送り、アレグザンドラ皇太子妃の訪問を受ける。(映画ではこれらのことはベルギーに連れ去られる前の出来事として描かれている)
やがて衰弱し1890年4月11日に死亡。メリックの死後に石膏で頭や腕、足など詳細に型が取られているため、彼の姿は現代でも正確に再現することができる。写真は現存するもので4枚、骨格標本も綺麗にロンドン大学に保管されている。ただ、長期保存するために煮沸・漂白してしまったため、1990年代の研究でDNAを取り出すことはできなかったらしい。内臓や皮膚の組織見本は研究標本としてロンドン大学に保管されていたが、第二次大戦で焼失してしまった。あのマスクつきの帽子はハンプトンコートで保管されていた。
これまでメリックの病は「神経線維腫症(neurofibromatosis)」といわれてきたが、1980年代初めにアメリカのコーエン教授らの研究によって、現在では「プロテウス症候群」であるという説が有力となっている。
Treves医師はドーチェスター出身。メリックの死後ボーア戦争に参加したり、ヴィクトリア女王のお抱え医師になったりと栄えある外科医としての生涯を全うする。1901年にエドワード7世の戴冠式直前に盲腸の手術を成功させた功績からナイトの称号を受ける。1922年に回顧録"The Elephant Man and Other Reminiscences"を出版。
興行師のバイトがメリックを連れてベルギーに渡ったのも、イギリスでは身体障害者を見世物として興行することが厳しく取り締まられるようになったため。映画の冒頭でも、警察がバイト氏の小屋にやってきて出し物を中止させている。
この時代以前のイギリスでは、小人症やシャム双生児などの身体障害者や、"熊いじめ"などの動物虐待の見世物が人気を集め、庶民の娯楽となっていたのだが、ヴィクトリア朝になると「人道主義」という観念が形成され、その啓蒙のためにこうした見世物を取り締まるようになった。 もっとも庶民の側は依然としてこうした残酷さを好んでいたため、この映画に出てきたようなひどい振る舞いをしていたのだった。
ヴィクトリア朝は庶民の間でも写真を撮ることが一般的になった時代。 メリックも母の写真を大事にしていたし、Treves医師の家に招かれたときも暖炉の上にたくさんの写真たてが並んでいた。映画にも登場するアレグザンドラ妃は、写真に撮られた最初の王妃としても知られる。
大英帝国の最盛期でもあったヴィクトリア朝後期。 産業革命で工業化が進み、農村から都市に人口が流入しロンドンでもイーストエンドあたりはスラム化して社会の底辺層が住む地域となっていた。ロンドン病院の手術室で外科医のTrevesが大怪我をした工場労働者を手術している場面があるが、「最近工場の事故が多いな。機械に頼りすぎるんだ」という台詞もこの時代の工場労働者の劣悪な労働環境をあらわしている。 レンガ造りの工場から黒煙がもうもうと空へ舞い上がる場面もあるが、このような廃煙が悪名高いロンドンのスモッグや大気汚染の原因となっていた。
また、Trevesがメリックを探してさまようイーストエンド界隈の荒んだ雰囲気、メリックをもてあそんだ夜警が出入りするパブにたむろする売春婦たち、見世物小屋に集まる庶民たち・・・と、貧民たちの生活も浮き彫りにしている。
当時ロンドン大学では、不治の病にかかった患者を受け入れることができないという規則があったため、メリックを入院させることについては各方面で物議をかもしていた。 そこでカー・ゴム院長は自らThe Times(新聞)に書簡を送り、メリックの窮状を訴えた。この文章は1886年11月に掲載され大きな反響を呼び、集まった寄付金250ポンドをもとにメリック基金が作られ、病院の敷地内の一室を与えられることになった。
のちにメリックをなぶりものにする夜警が、行きつけのパブでタイムズ紙に載ったカーゴム院長の投書を読み上げる場面がある。
ロンドン病院の評議会に、アレグザンドラ皇太子妃がヴィクトリア女王のメッセージを持ってやってくる場面があるが、メリックのことはイギリス中の関心事となっており、王室関係者も彼に深い関心を寄せていたらしい。
アレグザンドラ皇太子妃(Alexandra, Princess of Wales:1844-1925)
デンマーク王クリスティアン九世の長女として生まれ、1863年にヴィクトリア女王の長男アルバート(後のエドワード七世)と結婚し皇太子妃となる。生涯に101人の女性と関係したといわれる好色な夫を持ち苦労したが、その美貌と気品は後世に語り伝えられている。ヴィクトリア女王(1819-1901)
大英帝国が最も繁栄した時代を築いた
病院の一般病棟に女王の肖像画がかかっているのも見える。
メリックが窓から見える聖堂St. Philips Cathedralの模型を熱心に作っている場面があるが、実際に彼は多くの建築模型を制作し、来訪者たちにプレゼントしていたとか。
ケンドール夫人がお土産に持ってきてくれたのは、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」。あのあまりにも有名な"聖人と巡礼"の語らい、そしてキスの場面をふたりで朗読する。
ケンドール夫人(Madge Kendal)も実在の人物。1908年引退、1926年にDameの称号を受ける。
ケンドール夫人がメリックを劇場に招待した夜は、皇太子夫妻も来臨していた。この夜の出し物は妖精やライオンが登場するファンタスティックな劇で、こうした出し物をPANTO(Pantomime)と呼ぶ。 英語の"Pantomime"は必ずしもマルセル・マルソーがやっているような身振り手振りの無言劇を指すものではなく、クリスマスの時期にやるような楽しい劇をさすことも多い。
この題材は、映画化以前にバーナード・ポメランスの戯曲による舞台劇があった。ロンドンのウェストエンドからブロードウェイで大ヒットを飛ばし、1979年にはトニー賞の最優秀演劇賞を受賞していた。映画版『エレファント・マン』は戯曲とは全く関係なく、Trevas医師の回想録を原作として製作された。
The Elephant Man : A Play
Bernard Pomerance (著) ペーパーバック (1979/09)
イーストエンドの廃病院跡で撮影されたことはわかったいるが、正確なロケ地に付いては資料が見つからず。
撮影スタジオはLee International Film Studios(Wembly, Middlesex)。The London Hospital(Whitechapel Road, E1)
イーストエンド
リバプール・ストリート駅
・・・メリックが群衆に取り巻かれ、公衆トイレに追い詰められる場面Drury Lane Theatre
・・・メリックが劇"Puss In Boots"を見に行った劇場
アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ
米アカデミー賞8部門ノミネート(主演男優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、編集賞、音楽賞、作品賞、脚色賞)
英アカデミー賞3部門受賞(男優賞=ジョン・ハート、作品賞、美術賞)、4部門ノミネート(撮影賞、監督賞、編集賞、脚本賞)
仏セザール賞:外国語映画賞受賞
米ゴールデン・グローブ賞:4部門ノミネート
John Hurt .... John Merrick("エレファントマン"・21歳)
Anthony Hopkins .... Dr. Frederick Treves (外科医)
John Gielgud .... Francis C.Carr Gomm (理事長)
Wendy Hiller .... Mrs. Mothershead (婦長)
Lesley Dunlop .... Nora(看護婦)Anne Bancroft .... Dame Madge Kendall(女優・社交界のスター)
Helen Ryan .... 皇太子妃アレグザンドラFreddie Jones .... Bytes (興行師)
Dexter Fletcher .... Bytes氏の連れの少年Michael Elphick .... 夜警
Hannah Gordon .... Mrs. Anne Treves(Trevis医師の妻)
Phoebe Nicholls .... Mary Jane Potterton(Merrickの母)
参考資料:BBCで放映されたドキュメンタリー番組"The True Story of the Elephant man"(ナレーター:ジョン・ハート)
The Elephant Man
Christine Sparks (著) ペーパーバック (1986/11)The Elephant Man : A Study in Human Dignity
Ashley Montagu (著) ペーパーバック (2001/08) ハードカバー (1995/11)
(1980年 米=英 124分)
監督:Jon Amiel・・・ロンドン生まれ、ケンブリッジ卒。『コピー・キャット』『ジャック・サマースビー』
脚本:Ronald Bass/Michael Hertzberg/William Broyles Jr.
撮影:Phil Meheux
音楽:Christpher Young
プロダクションデザイン:Norman Garwood・・・『未来世紀ブラジル』
1999年12月、ミレニアムまで後16日のニューヨーク。Waverly保険の優秀な女性調査員ジンはレンブラントの絵画盗難事件の犯人を、名高い美術品泥棒マックの仕業ではないかと上司のヘクターに示唆し、マックを罠にかけるために中国の黄金の仮面を盗み出させる計画を告げる。
早速ロンドンに飛んだジンはそこでマックと接触。黄金のマスクを盗み出す協力を乞い信用させ、ともにマックの隠れ家であるスコットランドの古城へ向かう。海に面した古城にはマックがこれまでに盗み出した美術品がいっぱい。マスクが保管されているベドフォード・パレスの警備システムを研究し、爆破方法を検討したり、レーザー光線を交わす練習をしているうちにふたりの絆は深まってゆく。
しかしその黄金のマスク奪取作戦もこれからジンが盗み出そうとしているものに比べたら、ほんの前哨戦に過ぎない。ジンはコンピューター2000年問題を利用して、クアラルンプールの世界最大のビルにある銀行から大金を手に入れようとしていたのだが・・・?
コンピューターの見本市が開かれていたホテルがここ。ロンドン中心部ストランドに面した超高級ホテル。12月のロンドンはクリスマスムード一色。このサヴォイ・ホテルの玄関にも大きなクリスマス・ツリーが。
古美術商Haasの店から逃げた後のカーチェイスの場面。ショーン・コネリーらがカーチェイスに使った青い車はイギリスの名車Jaguar XKRs。
黄金のマスクが保管されている仮面舞踏会が開催された"ベドフォード宮殿"として。
チャーチルの生家として知られる、モールバラ公爵家の屋敷。ショーン・コネリーとこのブレナム宮殿との組合わせは『アベンジャーズ』以来。
13世紀に創建されたスコットランド西岸Mull島にあるMaclean一族の居城。ジャコバイトの乱(1745)後の1758年にイングランド人によって焼き払われたが、1912年に第26代当主Sir
Fitzroy Macleanによって再建。現在の当主はLachlan
MacLean卿(第28代)。 ショーン・コネリーの母がこのMaclean一族の出だったことから、この作品のロケ隊は特にあたたかく迎えられたとか。 |
Duart Castle, Craignure, Isle of Mull PA64 6AD (Obanからフェリーで約40分)
春から秋にかけて一般公開されている。ティールーム、ギフトショップもあり。詳しくは:
Holiday Mull
CLAN MACLEAN(Maclean一族のサイト)
他、アメリカ(NY)、マレーシア(クアラ・ルンプールthe Petronas Twin Towers、マラッカ)、香港など
Sean Connery .... Robert 'Mac' MacDougal (国際的美術品窃盗犯)
Catherine Zeta-Jones .... Virginia "Gin" Baker (保険調査員だが実は)
Ving Rhames .... Aaron Thibadeaux (Macの協力者)
Will Patton .... Hector Cruz (Waverly保険でのGinの上司)
Maury Chaykin .... Conrad Greene (クアラルンプール在住の闇ブローカー)
Kevin McNally .... Haas (ロンドンの古美術商)
Tony Xu .... インターナショナルクリアランス銀行
(1999年 アメリカ 113分)
別題:Merlin & the Sword (1985) (USビデオ題)
監督:Clive Donner
脚本:David Wyles
ストーンヘンジ遺跡を観光中のアメリカ人観光客キャサリンはふとしたことから地底に滑り落ち、魔法の力でとらわれているマーリンとその恋人に出会う。 マーリンはかつてキャメロットで起きたアーサー王の記憶を語り始める・・・
アーサー王とエクスカリバー、円卓の騎士、魔法使いマーリン、王妃グィネヴィアと騎士ランスロットの恋・・・など、一連のアーサー王伝説はたびたび映画、TVなどで描かれている人気の題材。 本作はタイトルに「SF」とついてはいるものの、特にSF的な要素が含まれているわけでもない。
リーアム・ニーソン演じるピクト人(Pict)は、スコットランドのケルト系先住民のこと。イングランドにもたびたび侵攻してきたらしい。
イギリス(ストーンヘンジなど)、ユーゴスラビア
Malcolm McDowell .... King Arthur(キャメロットの王)
Rosalyn Landor .... Guinevere(アーサー王の妃)Edward Woodward .... Merlin (魔法使い)
Lucy Gutteridge .... Niniane(Merlinの恋人)Rupert Everett .... Lancelot (円卓の騎士・Guinevereと恋仲に)
Patrick Ryecart .... Gawain (円卓の騎士・アーサー王の右腕)
Philip Sayer .... Agravain (Gawainの弟)
Ann Thornton .... Lady Ragnell (Gawainの命の恩人)Candice Bergen .... Morgan Le Fay
Joseph Blatchley .... Mordred
Milance Avramovic .... Gorgo (モーガンの家来)Liam Neeson .... Grak (Guinevereをさらったピクト人)
Dyan Cannon .... Katherine (アメリカ人観光客)
John Quarmby .... Sir Kai (円卓の騎士)
Michael Gough .... Gawainの結婚式を執り行った大司教
Denis Lill .... King Pellinore
(1985年 アメリカ 94分)
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