一度ホテルに戻って休憩。時計を見て夕方5時になったのでタクシーでレストラン極品軒近くへ(NT$70)。
店に入ると「まだ開店前だから5時迄待ってね」と言われたので「5時になってからホテルを出たのに??」と不思議に思ったが、1時間の時差を調整していたはずの時計が日本からの電波を受信して日本時間に戻ってしまっていたのだ。恐るべし、日本の電波時計。
しかたがないので近くで時間をつぶすことにした。道路の向かいにある本屋では台北ウォーカー等の情報誌、旅行雑誌、ファッション雑誌等が並んでいる。中には整形手術情報の専門誌も。日本のファッション雑誌もそのまま売られている。
二二八和平公園は日本統治時代に作られた台北新公園を前身とした美しい公園。この公園の名前「二二八」は台湾の史上最も悲劇的な事件のひとつと言われる二・二八事件からきている。二・二八事件は、大陸から進駐してきた国民党政府(外省人=中国人)の圧制や腐敗に耐えかねた本省人(元々の台湾人)が1947年2月28日に行ったデモに憲兵隊が発砲したことから始まった。国民党政府は蒋介石に援軍を要請し28,000人以上の台湾人を虐殺し、その際発令された戒厳令は1987年迄続くことになる。特に標的となった知識層はデモ等に参加していなくても中国伝統の(西太后的な)凄惨を極める方法で粛清された。
台湾人が蜂起の際に占拠したラジオ放送局が現在の二二八公園の中にあった。1996年に当時の台北市長だった陳水扁(後に台湾総統となる)は二・二八事件で犠牲となった台湾人を追悼するための記念碑を建立し、公園の名称も「二二八和平公園」と改められた。
園内は色の濃い桜が満開で、ツツジも咲いている。池には鯉が飼われていて、鯉の餌の自動販売機もあった。昔風の建築物やあずまやも点在し、市民の憩いの場となっているようだ。
入口 |
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国立台湾博物館 |
二二八公園近くの風景
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