監督・脚本:アラン・パーカー
脚本:ローラ・ジョーンズ
原作:フランク・マコート
「一番惨めなのはアイルランドの、それもカトリックの子供たちだ」
アイルランドからNYブルックリンに移民してきたフランクの両親、アンジェラとマラキ。おりしも大恐慌のニューヨークで生活苦から生まれたばかりの赤ん坊を死なせてしまい、憔悴した一家は1935年に母の実家のあるアイルランド中西部の町リムリックに戻る。ところが北アイルランド出身の父マラキに、母の家族はどこか冷たい。失業保険まで酒代につぎ込んでしまう父のかわりに、家族を食わせていくために奔走する気丈な母。ところが貧困とリムリック特有の湿気は、フランクのきょうだいの命を次々と奪ってゆく・・・。アイルランドでの悲惨な子供時代を独特のユーモアをもって描き出した、原作者フランク・マコートの自伝的作品。ピュリッツアー賞を受賞した大ベストセラーの映画化。
フランク一家が戻ってきた港、コーブ。アイルランドからアメリカに移民する人々は、この港から船出していった。19世紀のジャガイモ飢饉(1845〜9)で、約200万人ものアイルランド人がアメリカに移住した。
フランクの父マラキは北アイルランド出身のプロテスタントにもかかわらず、IRAの一員として独立運動に参加していたために故郷に戻ることができず、マコート一家は母アンジェラの実家があるリムリックに身を寄せることになったらしい。ダブリンでIRA支部に出向き"祖国のために闘った者"として生活の援助を受けようとしたが、記録にはマラキの名前がなかったので拒絶されてしまう。(*この事務所の壁にもデ・ヴァレラ首相の肖像が。)
当時のアイルランド共和国では、イギリスや北アイルランドに対する感情は最悪で、アンジェラの実家の人々もマラキにいい顔をしないし、子供たちが良くない振る舞いをすると"半分北アイルランドの血をひいているせいだ"と決め付ける。(初聖体拝領式の日にフランクの髪が逆立っているのを見ても"プロテスタントのよう"と文句を言う)
マラキになかなか職が見つからないのは、(本人の性格もあるが)彼の北アイルランド訛りも大きな原因の一つ。「マコート」という姓も、ひと目でリムリックの者ではないと分かるので、生活援助を受けに行ったアンジェラは「なぜベルファスト(北アイルランド)に戻らない?」といやみを言われる。
フランクとマラキが通ったリーミ国民学校では、壁にデヴァレラ首相の肖像が飾ってあったり、ゲール語教育に熱心だったりと、当時の独立国家としてのアイデンティティを必死に固めようとしていた時代を反映している。(1937年に憲法制定し、独立国家宣言/詳しくはこちらのアイルランド年表をご覧ください)
「デ・ヴァレラを偉人と思わないのか」「マイケル・コリンズを称えないのか」「ゲール語(アイルランドの言葉)で聖母の祈りを唱えられないのか」とことあるごとに体罰が加えられていた。フランクがアイリッシュ・ダンスの教室に行かされるのもそういった背景があるのか。
参考:『マイケル・コリンズ』Michael Collins (1996)
マイケル・コリンズやデヴァレラを描いた作品
部屋にある聖画を見て「キリストの心臓が燃えている!」と驚くフランクたちを見て、祖母たちは「アメリカではこんなことも教えていないの?」とあきれる。アメリカと違って、アイルランドでは家々に聖画やキリスト像が飾られ、日々祈りが唱えられている。
槍で貫かれたイエスの心臓=Sacred Heart(聖心)は、人類に対する愛情の象徴として描かれている。
カトリック信仰が篤いアイルランドでは、堕胎が禁じられていたのはもちろんのこと、避妊や、夫の求めに応じないことも罪(sin)という意識が強かった。したがって自然に子沢山になることが多い。
『モンティ・パイソンの人生狂騒曲』でも"子沢山のアイルランド人"を笑いの種にしている。(挿入歌:Every Sperm is sacred)
父マラキが家に飾っていたのは、教皇レオ13世の肖像画。レオ13世は1891年に労働者の境遇に関する社会教書を初めて発布した人物。マルクス主義が台頭する脅威の中で、労働者の境遇に理解を示しキリスト教の立場から労働者の権利を訴え、社会問題に取り組むようになった。労働者であるマラキがこの教皇の肖像を大切にしていたのも分かる気がする。
リーミ国民学校で、フランクたちは初めての聖体拝領の練習をする。ワインをキリストの血に、パンをキリストの体に見立てる儀式で、実際はパンでなく丸いウェファースのようなものを舌にのせてもらう。初めての聖体拝領は子供たちにとっても一大イベントで、きれいに着飾って教会に向かう。儀式の後、祖母の家で取った朝食にはブラック・プディングのようなものがでた。
参考:『レイニング・ストーンズ』Raining Stones(1993)
初めての聖体拝領に娘に着せるドレスを買うために奔走する父親が描かれている。堅信礼は、カトリックで幼児洗礼を受けたものが分別がつく年齢になりその信仰を告白して教会員となる儀式のこと。
参考:『サークル・オブ・フレンズ』 Circle of Friends (1995)聖体式、堅信礼はどちらもリムリックのSt. Joseph Churchで行われた。
司祭たちは貧しいフランクに冷たい態度をとったり、慈善会の役員たちもアンジェラを詰問したりと、聖職者たちの閉鎖的な姿勢が目立つ。(フランシスコ会のグレゴリー神父だけは理解を示してくれたが)
ただ、現在のカトリックは第二バチカン公会議(1962-5)以降、閉鎖的な姿勢を改めようとする改革が進んでいるらしい。この公会議以降、教会正面の祭壇を取り除くことになったため、この作品を撮影するときは、急遽時代設定にあわせて祭壇を作ったとか。
父マラキは馬車からこぼれた石炭を拾おうとするフランクを「誇りのない奴がすることだ」と制止するが、生活苦で背に腹は代えられない母は子供たちを連れて石炭拾いに行く。慈善協会(St. Vincent de Paul Society)で援助を受けるために嫌味や好奇の視線に耐え、Redemptorist Churchに司祭たちの残飯をもらいに行き・・・と、父とは対照的になりふり構わず生活を支えることに必死の母の姿。アンジェラは子沢山だったために外で働けなかったということもあるが、当時は女性の働き口がほとんどなかったという事情もある。
いつもじめじめと湿気っぽく、狭い路地には建物から建物に洗濯物が掛けられている。マコート一家が住んだ家はどれも粗末なものだが、とりわけ双子のひとりEugineの死後に引っ越したRoden Laneはひどかった。トイレは11家族の共同便所しかなかったし、雨が降ると1階が水浸しになり2階("Italy"と呼ぶ)にいなければならなかった。
リムリックをあまりに悲惨に描いたため、現在のリムリックの住人には原作『Angela's Ashes』の評判は良くないとか。
アイルランドでなかなか職が見つからず、父マラキはイギリスのコベントリーに出稼ぎに行くことになる。第二次大戦中のイギリスではたいへんな人手不足。中立国であるアイルランドの男たちは戦争に行く必要がなかったので、イギリスに出稼ぎに行くものも多かった。人不足で給与も破格に良かったために、一度出稼ぎに行けば家族を養うのに十分な金を手にすることができたのだが・・・。
クリスマスイブの前日には戻ると約束した夫は帰らず、アンジェラは恥を忍んで慈善会に施しを受けに行く。(夫がイギリスに出稼ぎに行っているのなら、さぞたくさん稼いでいることだろうと言われてしまうが)結局もらえた食券で食卓に上ったものとは・・・!
古い習慣で、金曜日は宗教的に肉を食べることが好ましくないとされているので、フィッシュ&チップスを食べることが多い。金曜の夜アンジェラのいとこグリフィンに殴られて(グリフィンもF&Cを食べていた)家を飛び出したフランクは、おじのパットを訪ねるが、パットもF&Cを食べていた。ただ、グリフィンは金曜日にも肉を食べることがよくあったらしい。フランクも初聖体前日の告悔で「金曜日にソーセージを食べました」と懺悔している。(注:日本語字幕にはソーセージのことは書かれていないが)
飲んだくれの父が入り浸っていたパブ、郵便局に就職したフランクがお祝いをしたパブ・・・と、ギネスをなみなみと注いだコップを傾ける描写も多い。このパブはリムリックのSouth's Pub。
監督のアラン・パーカーは、日本のWebSite「アンジェラの灰友の会」からプリントアウトした地図を手に、ロケ地探しをしたとか。リムリックのゆかりの場所を訪ねた写真付きの解説、地図、原作「アンジェラの灰」や映画のレビューなどが掲載された素晴らしいもの。
>>WebSite:「アンジェラの灰」友の会
この回想録の後日談になるが、渡米したフランクは母や弟のマラキをニューヨークに呼び寄せ、1981年に母アンジェラが亡くなるとその灰を持ってアイルランドを訪れた。これが物語のタイトルになっている。フランクが1949年にニューヨークに帰ってからの部分は、続編『'Tis』で語られている。
[リムリック/Limerick]
[コーク/Co. Cork]
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[ダブリン/Co. Dublin]
- St. Kevin's School(リーミ国民学校として)
- Pearse Street Station(リムリックの駅として)
- Inchicore(リーミ国民学校の校庭など)
- Oblate Fathers Church, Inchicore(レデンプトール教会として)
- Kilmainham
- St. Ita's mental Hospital, Portrane(チフスと結膜炎の治療を受ける市営病院、フランクがミス・バリーと口論する郵便局として)
- Ranelagh(Finucane夫人宅として)
- Holy Name Church, Ranelagh(フランシスコ会教会として)
- ギネス醸造所前(フランクたちが石炭を拾う場面、フランクがハノン氏の石炭馬車に乗っている場面)
[ダブリン近郊]
- Greystones, Co Wicklow(テレサの家として)
- Arklow, Co Wicklow(Web)
注:ローデンレーンはセット
バックに流れるジャズやビリー・ホリデイのナンバーが、アメリカへの憧れを感じさせる。(パブの外装にも自由の女神像が)
教会の場面などでよくかかるのはアレグリのミゼレーレ。John Williamsによるサウンドトラック:輸入盤(こちらで視聴できます)
英アカデミー賞3部門ノミネート(主演女優/撮影/美術)
米アカデミー賞ノミネート(最優秀音楽・作曲賞)
米ゴールデングローブ賞ノミネート(最優秀作曲賞)
Emily Watson .... Angela McCourt (母)
Robert Carlyle .... Malachy McCourt Sr. (父)
Joe Breen .... Francis "Frank" McCourt (幼少期)
Ciaran Owens .... Francis "Frank" McCourt (少年時代)
Michael Legge .... Older Francis "Frank McCourt (10代後半)
Ronnie Masterson .... Grandma Sheehan (アンジェラの母)
Pauline McLynn .... Aunt Aggie (アンジェラの姉)
Liam Carney .... Uncle Pa Keating (アギーの夫)
Eanna MacLiam .... Uncle Pat (アンジェラの兄)
Shay Gorman .... Mr Hannon
Eileen Pollock .... Mrs Finucane(金貸し)
Alvaro Lucchesi .... Laman Griffin(アンジェラのいとこ)
Kerry Condon .... Theresa Carmody (肺病病みの美少女)
Gerard McSorley .... Father Gregory (フランシスコ会神父)
Andrew Bennett .... ナレーター少年時代のフランクを演じたCiaran Owensは、『ブッチャー・ボーイ』 The Butcher Boy (1997)の主演Eamonn Owensの弟。Eamonnもフランクが覗きっこする時に仲間の一人の兄として登場している。
原作:『アンジェラの灰』/新潮社クレストブックス
サウンドトラック:国内盤/輸入盤(John Williams)
(1999年 米=アイルランド 145分)
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