製作:デイヴィッド・パットナム
監督:ヒュー・ハドソン
脚本:Colin Welland
音楽:ヴァンゲリス
衣装:Milena Canonero
1924年のパリ・オリンピックの陸上競技出場を目指すユダヤ人青年と聖職者の息子を中心にしたスポーツ・ドラマの名作。
亡命ユダヤ人二世のハロルド・エイブラハムズは、弁護士を目指してパブリックスクールからケンブリッジに進学した。 短距離選手としての才能に目覚めた彼は、アマチュアリズムを是とする大学側と対立してまで、プロのコーチ(しかもイタリア人とアラブ人のハーフ)を雇い練習に励む。 これも何かと差別されるユダヤ人への偏見に対する抵抗だったのか。
一方、宣教師の息子で中国生まれのエリック・リデルは、スコットランドで聖職者として神の道を説くかたわら、ラグビー選手としても活躍。 俊足は神からの授かり物であると、数々の大会を勝ち進んでオリンピックの代表選手に選ばれるが、予選が日曜日だったため、安息日に走ることはできないと出場を拒否するが・・・
ハロルドの父はリトアニアから亡命してきたユダヤ人で、ロンドンのシティで金融関係の職に就いている。 ユダヤ人は「ベニスの商人」にも描かれているように"金貸し"のイメージが強いが、これはかつて教会がキリスト教徒に利子を取って他人に融資することを禁じ、かわりにユダヤ人にやらせたことに起源を発する。 その後も迫害され続け、(いつ追い出されるかわからない)田畑を耕す農民となるより、身軽に移動できる金融業や宝石加工業、商業などに従事するものが多かった。 金融業で巨万の富を得たロスチャイルド家のこと、ダイヤモンドの加工・取引関係はユダヤ人の産業であることなどに、端的に現れている。
>>ダイヤモンドとユダヤ人:『ワンダとダイヤと優しい奴ら』A Fish called Wanda (1988)、『スナッチ』Snatch (2000)子供の教育に熱心なユダヤ人の常として、ハロルドの兄は医者になり、ハロルドはパブリック・スクールのレプトン校から最高教育機関ケンブリッジに進学。 それでも一般のイギリス人(アングロサクソンのキリスト教徒)がハロルドを見る目は偏見に満ちていて、彼は世間を見返してやろうとハングリー精神を養っていくことになる。
レプトン校は、ダービーシャーにある1557年創立の伝統ある全寮制のパブリックスクール。作家のロアルド・ダールもここの卒業生で、『少年(Boy)』という自伝的作品にはここの学校生活のことが詳しく描かれている。
www.repton.org.ukCaius Collegeの門衛に「あの名前じゃ聖歌隊(チャペル・クワイア)に入れないな」と言われている様に、彼の名前は人目でユダヤ人とわかるもの。
ユダヤ人は戒律により、豚を不浄のものとして食べることができない。 シヴィルと一緒に入ったレストランで、彼女が「いつもの」と頼んだのと同じものを素材を知らないままに注文したら、豚足料理(フランス料理)がでてきて戸惑う場面が。
エリックがゲストとして出席していたのは、とある村のハイランド・ゲームズ。 ハイランド・ゲームとは、スコットランド各地で開催される運動会のようなもので、丸太投げなどが人気種目。
スコットランド-フランス対抗戦やオリンピックにキルトをはいた近衛兵がバグパイプを演奏する場面も。
エリックが練習のためにスコットランドの野山を駆け巡る場面がたいへん詩的。
エリックの宗派は、遠征中のパリで説話をしていた教会に"Church of Scotland"の文字が見えるので、「スコットランド国教会」であることがわかる。
「安息日(日曜日)にフットボールをしてはいけない」と少年をたしなめるように、かなり厳格に戒律を守っている。
イングランドの英国国教会/聖公会(Church of EnglandまたはAnglican Church)は、イギリス国王を首長とするが、スコットランド国教会はそうではない。 つまりイングランドでは聖職者より国王が上位にあるが、スコットランドでは違うということだ。 未来の英国王に頼まれても、エリックが自分の主張を曲げなかったのは、ここに理由があるかもしれない。
Church of Scotland
www.churchofscotland.org.uk
ケンブリッジの新入生歓迎晩餐会が催されたホールには、第一次大戦(1914-1918)で戦没した卒業生の名前が刻まれている。 イギリス人にとって「グレイト・ウォー」といえば第二次ではなく第一次世界大戦。 塹壕での消耗戦など、おびただしい戦死者を出した心の傷とも言うべきもの。
ケンブリッジでは新入生を自分のクラブに勧誘しようと、上級生たちはあの手この手でPRしている。 その中に、「ケンブリッジ・フットライツ」の垂れ幕を掲げたグループも。 ケンブリッジ・フットライツは伝統あるクラブで、エリック・アイドルやスティーブン・フライ、ヒュー・ローリー、エマ・トンプソンもここの出身。 Cambridge Footlights Club
トリニティ・カレッジ(撮影はイートン校)の中庭を正午の鐘がなり終わるまでに一周する"カレッジ・ダッシュ"。 「700年間達成者がいなかった」とのことだが、ケンブリッジの創立は13世紀初頭のことなので、初めての達成者ということだ。
ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジとイートン校の校舎はうりふたつ。 ちなみにケンブリッジのキングス・カレッジのチャペルとイートン校のチャペルもそっくりの外観(姉妹チャペルだそうだ)。
ハロルドとともにカレッジ・ダッシュに挑戦したのは、Lordの称号を持つ貴族のアンディ。 彼はイートン校からケンブリッジに進むという典型的なエリート・コースをたどっている。
彼がシヴィルを自宅に招いたときの屋敷と敷地の豪華さ・広大さをご覧あれ。 障害走の練習で、ハードルの上にひとつずつシャンパンを満たしたグラスを置いているというのもすごい。
この作品には、さまざまな形でギルバート&サリヴァンの作品が取り入れられている。 ギルバート&サリヴァンとは、脚本家(作詞家)のウィリアム・ギルバートと作曲家のアーサー・サリバンのコンビのことで、19世紀末から数々のオペレッタ、いわゆる「サヴォイ・オペラ」を生み出した。 サヴォイ・オペラの名の由来は、興行師のリチャード・ドイリー・カートが作った歌劇団D'oyly Carte Opera Companyがロンドンのサヴォイ劇場で上演するために書かれた作品だから。 つまりこの時代にギルバート&サリヴァンの作品を上演できたのはD'oyly Carte Opera Companyのみということらしい。 ハロルドが初めてシヴィルの舞台を見に行ったときに上演されていたのは、ギルバート&サリヴァンのオペラ「ミカド」だが、シヴィルもD'oyly Carte Opera Companyの団員ということ。
ケンブリッジの新入生をクラブに勧誘しようとごった返しているホールの場面。 友人の一人が「アイオランシ(Iolanthe)」の妖精役に誘われるが、この「アイオランシ」もギルバート&サリヴァンの作品。
#NHKで放映された時の字幕は「アイオランシーの同性愛者(fairy)の役」となっていたが、これはうがちすぎというもの。 確かに「fairy」にはスラングで同性愛者の意味があるが、この場合は文字通り「妖精」でいいのではないか。パリ・オリンピックに向かう船の中で、ハロルドがピアノの弾き語りをする場面の曲は、ギルバート&サリバンの「ペンザンスの海賊(The Pirates Of Penzance)」からの一曲。
ギルバート&サリヴァンについては、近年マイク・リー監督により『Topsy-Turvy』という作品が作られ、高い評価を得ている。 ジム・ブロードベント主演(ヴェネツィア国際映画祭・男優賞受賞)、残念ながら日本未公開(NHK-BSで放映)。
*〈He is an Englishman〉について
ハロルドがオーブリーに「この国はアングロ・サクソンの国だ。僕は偏見に挑戦してひざまずかせてみせる」と言った後に、♪He is an Englishman! と流れ出す曲ですが、ケンブリッジ・クァルテットの活躍とともに流れているこの曲は、やはりギルバート&サリヴァンの、喜歌劇《軍艦ピナフォア》の第2幕、コーラスの中の一部です。〈彼こそまことのイギリス人〉というのが邦題のようです(《H.M.S. Pinafore》ACT2:〈He is an Englishman〉)。 最近の国内盤CDには収録されていないようですが、昔のLPでのタイトルはそうらしいです。場面が場面だけに、素晴らしくアイロニカルな使い方ですね。
>>歌詞と音は下記のサイトをご参照下さい(3分頃から4分過ぎくらいまでが該当箇所)
http://math.boisestate.edu/gas/pinafore/web_opera/pn18.html
(情報提供:映子さん 2004.10)*喜歌劇《軍艦ピナフォア》について
このオペラは二幕もので、舞台は“ポーツマス港外軍艦ピナフォア後甲板”だそうですが、映画の中では歌の最後の方がそれらしい舞台になっており、ハロルドもいますね。大学での舞台でしょうか。この場面に登場するのはジョセフ・ポーター海軍大臣、ピナフォア艦長のコーコラン大佐、コーラス、となっていますので、帽子、持ち物から判断してハロルドの役は艦長さんだと思います。艦長さんは主要登場人物のひとりです。
(情報提供:映子さん 2004.10)
競技会で見たエリックの走りに衝撃を受けたハロルド。 同じようにエリックを見に来ていたプロのコーチマサビーニに声をかけ、自分をコーチしてくれないかと頼む場面が、近くのパブで展開する。 クラシカルな佇まいのパブで、ビールをパイントグラスで空けて・・・
ロンドンで開催される協議会に出場するために、スコットランドから寝台列車で上京したエリック。 北から来る列車の終点は、ロンドンのキングス・クロス駅。 乗務員が紅茶&トーストと新聞を持ってコンパートメントにエリックを起こしにやってくる。
トリニティの学長は「スポーツはイギリス人の教育になくてはならないもの」と述べるが、伝統的な紳士教育は、このようにスポーツを通じて行われることが多かった。 フェアプレイの精神、チームワーク、肉体の鍛錬などである。 時には勉強そっちのけでスポーツに励ませるというケースも多々あり、『アナザー・カントリー』Another Country(1984) からは「親に高い授業料を払わせてクリケットばかりしている」という嘆きも聞かれる。
ゆえに、ハロルドのようにがむしゃらに勝利を目指すというのは紳士らしくない行為とみなされ、「勝利を目指すのはいいが、プロのコーチを雇うのは品位に欠ける」「商人になるより紳士らしく負けた方がいい」と批判される。
オリンピックを前に皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)臨席のダンスパーティーが開かれる。 「皇太子のお出ましだ」-「彼は優れた人物だ」-「ヘンリー五世みたいにか」・・・フランスに遠征した英君と称えられるヘンリー五世を連想したのだろうか。
この皇太子は、後にシンプソン夫人との「王冠を賭けた恋」で有名な英国王エドワード8世となる。
イギリスとフランスは昔から互いに激しいライバル意識を燃やしているが、ここでもイギリス側のお偉いさんたちはフランス人のことを「Frog(蛙)」と苦々しく呼んでいる。 エリックが安息日に出場できないからといって競技の日程をずらすようにフランスに申し入れることは、国の威信をかけてもできないことと言う。
聖歌隊(クワイア)がチャペルでこの賛美歌を歌っている場面が。
上記解説参照
映画の原題"Chariots of Fire"はウィリアム・ブレイク作詞の英国国教会の賛美歌「エルサレム」(英国人は"ジェルサレム"と発音)の一節による。Haroldの追悼ミサの場面で歌われていた。
Jerusalem (1916; orch. 1922)
Word by William Blake (1757-1827)And did those feet in ancient time
Walk upon England's mountains green?
And was the Holy Lamb of God
On England's pleasant pastures seen?
And did the Countenance Divine
Shine forth upon our clouded hills?
And was Jerusalem builded here
Among these dark Satanic mills?Bring me my bow of burning gold!
Bring me my arrows of desire!
Bring me my spear! O clouds unfold!
Bring me my Chariot of Fire!
I will not cease from mental fight;
Nor shall my sword sleep in my hand
Till we have built Jerusalem
In England's green and pleasant land.
- カンヌ国際映画祭:助演男優賞=イアン・ホルム、 アメリカ批評家賞=ヒュー・ハドソン
- 英アカデミー賞:3部門受賞(作品賞、助演男優賞=イアン・ホルム、衣装デザイン賞)、8部門ノミネート
- 米アカデミー賞:4部門受賞(作品賞、脚本賞、作曲賞、衣装デザイン賞)
3部門ノミネート(助演男優賞=イアン・ホルム、監督賞、編集賞)- ゴールデン・グローブ賞:外国映画賞受賞
- NY批評家協会賞:撮影賞受賞
- (その他)1999年度英国映画協会によるベスト100作品:19位にランクイン
オリンピックチームがトレーニングする浜辺
冒頭オリンピックチームがトレーニングする浜辺にあるホテル
ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの中庭として。カレッジ・ダッシュの場面
大学内部は撮影許可が下りなかったため(この映画の内容が大学関係者を批判する内容を含んでいるため)、キングズ・カレッジ周辺など外観のみ撮影
www.cam.ac.uk
ハイランド・ゲームの場面
スコットランド対フランスの競技会が行われた場所として。Inverleith近郊
Address:Bangholm Terrace, Edinburgh Eh2 5QN
www.sru.org.uk/clubs/Heriots-FP-RFC/
スコットランド対アイルランドの競技会が行われた場所として。
Stewart's Melville FP
Address:Inverleith, Ferry Road, Edinburgh
www.stewmelrugby.com
ハロルドがシヴィルをディナーに誘ったレストラン。1862年創業の老舗。
Address: 17 West Register Street, Edinburgh (Map)ウェーバリー駅前
リンジー卿の屋敷として。
かつてBeaconsfield Manorと呼ばれていた邸宅の一部で、17世紀に著名な詩人にして政治家のEdmund Wallerの所有となる。のちにBurnham卿が購入し、現在も彼の子孫のものとなっている。
Beaconsfieldについては>>>www.beaconsfield.co.uk
エリックがJohn Knox像の脇を通って教会に入る
エリックと妹がここからエディンバラ市街を眺める
フランス行きの船が出港するドーバー港として
皇太子臨席のダンスパーティーの場面
パリのオリンピック・スタジアムとして
パリにあるChurch of Scotlandの建物として。
Address: Hard Lane, St Helens, Merseyside
参考:Scotland the Movie など
[ケンブリッジの選手たち]
Ben Cross .... Harold M. Abrahams (ユダヤ人)
Nicholas Farrell .... Aubrey Montague
Nigel Havers .... Lord Andrew Lindsay
Daniel Gerroll .... Henry Stallard[エリックとその周辺]
Ian Charleson .... Eric Liddell
Cheryl Campbell .... Jennie Liddell (エリックの妹)
Struan Rodger .... Sandy McGrath(エリックの親友)
John Young .... Reverend J.D. Liddell (エリックの父)
Yvonne Gilan .... Mrs. Liddell (エリックの母)[ハロルドの周辺]
Ian Holm .... Sam Mussabini (ハロルドのコーチ)
Alice Krige .... Sybil Gordon (歌手)[ケンブリッジ教職員]
John Gielgud .... トリニティ・カレッジの学長
Lindsay Anderson .... Caius College学長
Richard Griffiths .... Caius College門衛主任
John Rutland .... Caius College門衛[イギリスのオリンピック関係者]
Nigel Davenport .... Lord Birkenhead (イギリス選手団の委員長)
Patrick Magee .... Lord Cadogan
Peter Egan .... Sutherland公爵 (オリンピック協会長)[アメリカ人陸上選手]
Dennis Christopher .... Charles Paddock
Brad Davis .... Jackson Scholz[その他]
David Yelland .... イギリス皇太子 (後のエドワード8世)
Jeremy Sinden .... Gilbert & Sullivan Society座長
Gordon Hammersley .... Cambridge Athletic Club会長
Gerry Slevin .... John Keddie大佐(スコットランド陸上競技連盟)
ロケ地資料:Scotland the Movie
(1981年 イギリス 123分)
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