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『美女ありき』 That Hamilton Woman(1941)
...aka
Lady Hamilton

製作・監督:アレグザンダー・コルダ
脚本:ウォルター・ライシュ/R.C.シェリフ
撮影:ルドルフ・マテ
音楽:ミクロス・ローザ

 

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Story

在ナポリ英国大使Sirウィリアム・ハミルトン夫人として、歳の離れた夫の庇護下で華やかな暮らしを満喫していたエマ。ところがある日夫の元を訪れた海軍提督、ホレーショ・ネルソンと出逢ったことで彼女の世界は一変してしまった。ほのかな想いはやがて身を焦がすほどの恋に変わり、互いに配偶者がありながら逢瀬を重ね、やがてふたりの間には子供まで生まれる。エマの夫が亡くなり、ふたりのささやかだが幸せに満ちた生活が始まろうかという矢先、ネルソンに出撃要請が・・・

トラファルガー海戦の英雄ネルソン提督と、英国大使夫人レディ・ハミルトンのロマンスを描いた作品。主演のヴィヴィアン・リーとローレンス・オリヴィエは、撮影当時に実生活でも互いに配偶者のある身で恋愛関係にあった。

 

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登場人物Check!

エマ・ハミルトン
Lady Emma Hamilton(1765?-1815)

1765年、エマことEmily Lyonは金物職人の子として生まれるが、生後すぐに父親は死亡。10代になると子守り女として働くためにロンドンに上京したが、まもなく肖像画家ジョージ・ロムニーのモデルとして知られるように。のちにEmily Hartという名でSir Harry Featherstonhoughの愛人となり(Sirウィリアムが"ハリーが見つけてきた踊り子"と言及していた"ハリー"は彼のこと)、その後Charles Greville(Sirウィリアムの甥)と付き合うように。映画ではCharles Grevilleが借金を肩代わりしてもらうかわりに、美しいエマを叔父のSirウィリアムに差し出したいきさつにも触れられている。また妻としてふさわしい女性と結婚するために、叔父の元にエマをやっかいばらいしたという説も。1791年にSirウィリアムと結婚したことにより「Lady」の称号を得て、「レディ・ハミルトン」と呼ばれるように。

当時エマは絶世の美女として有名で、フランス語とイタリア語を流暢に話せたという。また映画でも触れられているように、ナポリ王妃Maria Carolinaと親しい交流があった。

アガメムノン号艦長としてナポリに寄港したホレイショ・ネルソンと知り合って5年、1798年に再開したふたりは急速に親しくなる。ネルソンがイングランドに召喚されたのを機に、夫のSirウィリアムともどもロンドンに戻り、1801年にはネルソンとの間に娘Horatiaが産まれる。1803年に夫に先立たれるが、遺産は甥のCharles Grevilleが相続した。1805年のトラファルガー海戦でネルソンを失った後は多額の借金を抱え、フランスのカレーに渡り、1815年貧困と失意のうちに亡くなる。

ホレイショ・ネルソン
Horatio Nelson(1758-1805)

イングランド東部ノーフォークのBurnham Thorpeで、牧師の父Edmund Nelsonと母Catherineの間に生まれる。母方の祖父Doctor Sucklingは聖職者で、曾祖母はオックスフォード伯Sir Robert Walpoleの姉妹。1770年、12歳で海軍に入り母方の叔父Maurice Suckling艦長の船に乗り込む。

1787年西インド諸島のNevis島で出会った未亡人Frances Nisbet(通称ファニー)と結婚し、連れ子のジョサイアとともにBurnham Thorpeに帰り、1792年まで予備役のまま一時的に半隠遁生活を送る。その後の歴戦は年表の通り。この継子Josiah Nisbet(1780-1830)は士官候補生としてネルソンのアガメムノン号に同乗し、ハミルトン夫妻にも謁見する。おそらく映画で描かれていたように、エマに対してあまりいい感情を抱いていなかったかもしれないが。エジプト・アブキール湾での戦いの後(1798)、ナポリでエマと再会し恋に落ちる。コペンハーゲンの戦功で子爵の位を与えられる。1805年トラファルガー海戦で大勝するも、戦死。遺体は酒樽に漬けられてロンドンに運ばれ、祖国を救った英雄としてセント・ポール大聖堂に埋葬された。

St.Paul's Cathedral 
http://www.stpauls.co.uk/

Sirウィリアム・ハミルトン
Sir William Hamilton(1730-1803)

スコットランドに生まれる。ウェールズ出身の裕福な女性と結婚し、彼女の死後(1782)その財産を引き継ぐ。 1764年英国大使としてナポリに赴任、1772年にナイトの称号を与えられる。1791年にエマことEmily Lyonと再婚。映画の中でも触れられていたように、かなりのアンティーク収集家としても知られる。また、ナポリ駐在中にポンペイ遺跡の発掘にも尽力。ベスビオ火山(エマの部屋から見えていた)やエトナ火山の観察記録もまとめあげ出版した。

エマの母親

ナポリ行きにもついてきたエマの母親は、娘とSirハミルトンの結婚後も一緒に公邸に居座る。ひどい言葉づかいで、なんでも「リバプールでは・・・」と言い出す困った存在。

ネルソンの父

ネルソンの父Edmund Nelsonは、ノーフォークの小さな教区で牧師を務めている。イギリスに凱旋してきた息子を、嫁のファニー(Frances Nelson)とともに迎えに来た時、「朝の礼拝も鶏の世話もなくて快適だ」と言っているのは、牧師と言う立場を端的に表している。

ナポリ王妃Maria Carolin

エマが懇意にしていた、15人も子供を産んだナポリ王妃Maria Carolinはハプスブルク家の出で、あのマリー・アントワネットのきょうだい。ナポリ王はブルボン家の系統。

ジョージ・ロムニー
George Romney (1734-1802)

・・・ナポリ公邸に飾ってあったエマの肖像画は、ロムニーの作品。
ランカシャー生まれの画家。1762年に単身ロンドンに上京、レイノルズと並び称される人気肖像画家として名を馳せる。1783年に後にレディ・ハミルトンとなるエマと知り合い、神話や歴史的モティーフを加味したエマの肖像画を描くするように。

 

[あらすじ登場人物年表参考資料とリンクキャスト]

Check!

トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar)

1805年10月21日、イベリア半島南端のトラファルガー岬沖で、ネルソン提督率いる英国艦隊が、フランス−スペイン連合艦隊(Pierre de Villeneuve指揮)に大勝した戦い。映画の中でのちにエマの元を訪れたハーディ艦長が語っているように、英国艦隊を二つに分け(ネルソンのVictory号とCuthbert Collingwood副司令官のRoyal Sovereign号)、敵の艦隊を分断した作戦が功を奏し、英国側軍艦の損失はゼロだった。ネルソン自身はフランス船からの狙撃により命を落としたが、この勝利でイギリスは制海権を握り、ナポレオン一世のイギリス上陸作戦を阻止した。

合戦の開始信号に用いられたネルソンの言葉は有名。"England expects that every man will do his duty.(英国は各員がその義務を果たすことを期待する)"

これまでの戦功で得た勲章やメダルを身につけるのが好きだったようで、映画の中で描かれていたようにトラファルガーの戦いの際も敵の標的になりやすかった。

死に際にハーディ艦長が別れのキスをしたのも史実。最期の言葉は『神に感謝する、私は義務を果たすことができた』。

ロンドンのトラファルガー広場にあの有名なネルソン像が作られたのは、1843年のこと。H.M.S.Victoryは、ポーツマス港に保存されている。

歌いろいろ

エマが始めてネルソンに会った時・・・大砲を打つ音で目が覚めた彼女が艦隊を見つけた時に流れていた音楽は"ルール・ブリタニア"。

パレルモから帰国したネルソンとの別れの時にかかっていたのは"ダニー・ボーイ"。

ロンドンに凱旋したネルソンを歓迎して群集が歌っていたのは"He's a jolly good fellow"

2世紀に渡るキス

1799年の大晦日から1800年に変わる瞬間、熱いキスを交わしていた二人。「僕らは二世紀に渡るキスをしたね」というのは、映画史上に残る名台詞として知られる。

 

[あらすじ登場人物Check参考資料とリンクキャスト]

年表

映画の中で言及されているものに■印

世界の動き・英国の動き ホレーショ・ネルソンの年譜 ネルソン周辺の人々
     
ジョージ2世(1727-1760)   ウィリアム・ハミルトン、誕生(1730)
     
     
     
     
英仏7年戦争(1756-63) 誕生(1758年9月29日)  
英国王ジョージ3世即位(在位1760-1820)   ネルソンの妻Frances Nisbet誕生 (1761)

ウィリアム、大使としてナポリに赴任(在任期間:1764-1800)

ナポレオン誕生(1769)   エマ誕生(1765)
  海軍に入る(1770) ウィリアム、ナイトに叙される(1772)
アメリカ独立(1776)

第4次英仏戦争(1777)

   
  西インド諸島に派遣される(1784)

Frances Nisbetと結婚

Sirウィリアムの最初の妻亡くなる(1782)

■画家ロムニー、エマと知り合い肖像画を描き始める。(1783)

フランス革命(1789)   ■エマ、ナポリに行く(1786)
  ■アガメムノン号の艦長としてハミルトン夫妻に接見。(1792)
その後Hood卿の指揮下に入り地中海で活躍。(1793-1796)

■Calviの戦いで右目を失う。(1794)

■エマとSirウィリアム結婚(1791)
  St Vincent岬の戦いの勝利により海軍准将に(1797年2月)

■Tenerifeの戦いで右腕を失う(1797)

 
  ナポレオンのエジプト遠征艦隊をAboukir湾で破る(1798年8月)

■Aboukir湾での勝利により英国王からは男爵に、ナポリ王からは公爵に叙される。

■エマ、ネルソンと恋に落ちる(1798)
ナポレオン第一執政に就任(1799) ■ナポリで共和主義者による革命がおこり、国王夫妻をパレルモに避難させる  
  ■ハミルトン夫妻とともにイギリスに帰国。熱狂的な歓迎をもって迎えられる。(1800年11月グレート・ヤーマス着)  
イギリス−アイルランド同盟が成立、連合王国となる(1801) ■Copenhagenの戦いでデンマーク軍を破り、子爵(viscount)に叙せられる(1801年4月) ■エマとネルソンの子、ホレーシア誕生(1801年1月29日)
    ■エマとネルソン、Mertonで隠遁生活を始める(1802年4月)
  HMS Victory号で地中海艦隊を指揮(1803-1805) ■Sirウィリアム、没す(1803)
■ナポレオン・ボナパルト、フランス皇帝に(在位1804-15)、第5次英仏戦争始まる(1804)    
  ■トラファルガーの海戦(1805年10月)で戦死。酒樽に漬けられた遺体はロンドンに運ばれ、St. Paul Cathedralに埋葬された。相続人は息子のWilliam。 ■ネルソン、一時Mertonに戻る(1805年8月)
     
     
ナポレオン、ワーテルローの戦いに敗れ(1815)、St.ヘレナ島に流され、1821年に没す。   エマ、フランスのカレーで没す(1815)

[あらすじ登場人物Check年表キャスト]

 

参考資料と関連リンク

imdb.com

 

The Nelson Society
http://www.nelson-society.org.uk/

The 1805 Club
http://www.admiralnelson.org/

http://www.hms-victory.com/

Authentic "Victory" memorabilia
http://www.nelsonsvictory.com

Royal Naval Museum(王立海軍博物館@ポーツマス)
http://www.royalnavalmuseum.org/

National Maritime Museum(王立海事博物館@グリニッジ)
http://www.nmm.ac.uk/

Royal Navy(英国海軍)
http://www.royal-navy.mod.uk/

The Nelson Museum & Local History Centre
Priory Street, Monmouth, Monmouthshire NP5 3XA
http://www.aboutbritain.com/NelsonMuseum.htm

 

Awards

米アカデミー賞:録音賞受賞(Jack Whitney) 、3部門ノミネート(撮影賞、室内装置賞、特殊効果賞)

 

キャスト

Vivien Leigh .... Emma Lady Hamilton
Laurence Olivier .... Lord Horatio Nelson

Alan Mowbray .... Sir William Hamilton(在ナポリ英国大使・Emmaの夫)
Olaf Hytten .... Gavin (Sir Williamの執事)
Sara Allgood .... Mrs. Cadogan-Lyon(Emmaの母)

Gladys Cooper .... Lady Frances Nelson(Horatioの妻)
Halliwell Hobbes .... Rev. Edmund Nelson (Horatioの父)
Ronald Sinclair .... Josiah (Horatioの義理の息子)

Henry Wilcoxon .... Captain Hardy
Guy Kingsford .... Captain Troubridge

Gilbert Emery .... Lord Spencer
Juliette Compton .... Lady Spencer
Miles Mander .... Lord Keith

Luis Alberni .... ナポリ国王(ブルボン家)
Norma Drury .... ナポリ王妃Maria Carolina

 

(1940年 イギリス 128分 B&W)

DVD


『ビバ!ロンドン! ハイ・ホープス 〜キングス・クロスの気楽な人々〜』High Hopes (1988)

監督・脚本:マイク・リー
音楽:レイチェル・ポートマン

Story

舞台は1980年代末のロンドン。キングス・クロス駅裏に住むシリルは、彼の10年来の恋人シャーリーとふたり、ボヘミアンなその日暮らしを送っている。シリルの母も近くの公営住宅にひとり暮らしをしているが、最近ボケが進んで自宅の鍵を忘れて締めだされたりと生活に不安も見える。 成り上がりの実業家と結婚したシリルの姉ヴァレリーは、いつも自分のエゴむき出しで周囲を困らせる・・・

名匠マイク・リーの手による、ロンドンの市井の人々が織り成す人間模様を鮮やかに切り取った佳作。

Check!

田舎から出てきた青年

田舎(Surrey州Byfleet)から大都会ロンドンにやってきて、地下鉄キングスクロス駅の階段を上ってきた青年ウェインには、右も左もわからない。 姉の住むフラットを探すにしても、フラットの名前はわかっても通りの名前を知らないので探しようがない。 シリルたちは「タクシーの運転手(cabbies)に聞けばいい」とアドバイスするが、これはロンドンのタクシー運転手は非常に難しい国家試験を通って(小さな通りの名前まで暗記しなければならない)ロンドンを隅から隅まで知り尽くしているので。 彼が田舎に帰るときに乗っていたコーチ(長距離バス)は、Greenline社(www.greenline.co.uk)のもの。

ワーキング・クラス

シリルとシャーリーはキングス・クロス駅裏の集合住宅に住む、ボヘミアンなワーキング・クラス。お金はなくても精神的に満ち足りた暮らしをしているようで、赤の他人にも優しさを見せる心の余裕がある。アッパーミドルクラスのブース=ブレイン夫妻、ロウアー・ミドルクラスの姉夫婦が、よぼよぼの老婆に対してとった行動とは対照的に。

アッパーミドルの住む地域

シリルの母が住んでいるのは公営住宅だが、昔と違ってその周辺は「ミドルクラス化」していた。(*ミドルクラスといっても日本でいう"中流"よりもう少し所得の高い層が住んでいると考えていただきたい。)キングス・クロスに程近く、"昔は公営住宅が多かったが現在は高額所得者が住むエリア"といったら、イズリントンあたりだろうか。通りを「リバティ(メイフェアにある高級なデパート。リバティ・プリントで有名)」の紫色の買い物袋を持った人が歩いているのも見えるし、隣の住人ブースブレイン夫人は帰宅した時ハロッズの紙袋を持っていた。

ブースブレイン氏はワイン業を営んでいるということで、自宅でもワイングラスを傾けている。彼に対するヴァレリーの質問「Are you in City?」の「City」とはロンドンの金融街のことを指す。 つまりマーチャントバンクや証券会社などで働いている高給取りなのか?という意味。(字幕では「財界の人?」となっていたが、本当は「金融業界の人?」というニュアンスに近いのでは?)

なんでも「Jolly Good」(very goodの少し古風な言い方)を連発するのも、アッパーミドルっぽい。シリルの母が「toilet」と言ったのに対し、すかさず「labatoryね」と言い直すのも、言葉遣いの違いが良くわかる。この老婆がショートブレッドを紅茶に浸して食べているのを見て、オヤッという表情をする。

夫人は、友人にグロブナーハウス (メイフェアにある超高級ホテル?:WebSite www.grosvenorhouse.co.uk) で催されるイベントでのチャリティを勧められたと話しているが、寄付や奉仕活動はアッパー・クラス、アッパー・ミドルクラスのたしなみ。

ふたりの会話から、その夜に見に行ったオペラはモーツアルトの「フィガロの結婚」だったことがわかる。「女装の少年を演じたのはチェルビーナよ」と字幕にはあるが、正確には「ケルビーノは少年の扮装をした女性よ」が正しいのでは? 「フィガロの結婚」に出てくる13歳の少年小姓ケルビーノは、女性歌手によって演じられ、さらに舞台上でそのケルビーノがメイドに化けるという場面があるのだ。

複合姓

このアッパー・ミドルクラスの夫婦、「Boothe-Braine」というのは複合姓で、ふたつの苗字を結婚などの際に(両方の名前を残そうとして)ハイフンでつないだもの。このような姓を持つ人々は、必然的にアッパーミドルクラス以上の出身とみなされる。父方の祖父は元首相(アスキス卿)、母方の祖父は大使、父は銀行頭取という名家に生まれた女優のヘレナ・ボナム=カーターの姓「Bonham-Carter」、父親が桂冠詩人(王室付きの詩人セシル・デイ・ルイス)だったダニエル・ディ=ルイス「Day-Lewis」がいい例だろう。

揶揄されるロウワーミドルのサバーバン(郊外居住者)

なんといっても、イギリス社会で最も揶揄の対象となることが多いのは、「ロウワー・ミドル・クラス(中下層階級)のサバーバン(郊外居住者)」だろう。ここではシリルの姉夫婦がその典型として描かれている。ミドル・クラスと一口に言っても、上中下と三種類あり、それぞれにかなりの隔たりがある。

ヴァレリーの夫は、ハンバーガー・ショップなどを経営する実業家。金銭的には裕福なようだが、どうしても成り上がりであることは隠せない。

ヴァレリーはヒョウ柄の毛皮コート(たぶんフェイク・ファー)に模様入りの黒いストッキング、髪はきついパーマ(上流階級ならまずしないこと)・・・と、悪趣味なことこの上ない。 ブースブレイン夫人の着ているシックで高級そうなコートと比べると、その違いは歴然としている。 母を迎えに行った時、ずうずうしくも勝手にお隣に上がりこみ部屋を覗き込もうとするのも下品なこと極まりない。ブース=ブレイン夫人がかぶっていたお洒落な帽子を真似て、母の誕生パーティーにシリルたちを自宅に招待した時に、色違いで同じデザインの帽子をかぶっていた。ただし、ラメラメの下品な服との取り合わせで、ブースブレイン夫人の着こなしとは似ても似つかぬものになっていたが。

毛の長い大型犬(アフガンハウンド)を溺愛しているところも笑える。
部屋に運動用エアロバイクがあり、ヴァレリーはダイエットのために必死でこいでいるが、こんな行動にもロウワー・ミドルっぽさがにじみでている。より上のクラスはスポーツ・ジムやエステに通うだろうから。『フル・モンティ』The Full Monty (1997)の主任の家にも運動器具があったが、この夫婦もロウアー・ミドル・クラス。

ヴァレリー夫婦がロンドンの中心部に住んでいるのではなく、サバービア(郊外居住者)であることは、彼らの家からキングス・クロスまでタクシーに乗ると300ポンドかかるという台詞からもはっきりわかる。一戸建て(Detached House)に住んでいることを自慢するが、そのインテリアは統一感がなく、ダヴィデ像のレプリカや、作り物の暖炉(薪ではなくガスで熱源が供給されるようになっている)など、俗物趣味丸出し。 上昇志向が強く、自分より上の階級に憧れ、それを真似しようとすればするほど、どうしようもない俗物くささがにじみ出てしまうのだ。 駒の並べ方さえ知らないのに、立派なチェス盤をインテリアとして置いているところも哀しい。

参考:『階級にとりつかれた人びと―英国ミドル・クラスの生活と意見』
新井 潤美 (著) 中公新書 (2001/05/01) 中央公論新社
ロウワーミドル・クラスやサバービアについて興味深い考察がされている。

Chemistにて

薬局(Chemist/ドラッグストアのようなもの)に出かけたシリルの母は、薬を買うのに処方箋を出そうとするが見つからない。イギリスではちょっとした薬を買うのにも処方箋の提示が求められるからだ。一生懸命に覗き込んでいるかばんの中には、スーパー"Tesco"の空き袋が入っていて生活感が漂う。(荷物が増えたときのサブバッグとして使うのだろうか)

ドアの鍵

鍵を自宅に忘れたシリルの母がなぜ締め出されてしまったのか。これは一般的なイギリスの住宅についている鍵の仕組みによるもの。日本なら"鍵をかけてから"外出するので、そのような事件は起こりえない。 イギリスの住宅は玄関が簡単なオートロック式(ドアを閉めたとき自動的にカチャリと鍵がかかる)になっているため、うっかり鍵を忘れて出ると自宅に入れなくなってしまうのだ。

ハイゲイト墓地とカール・マルクス

シリルとシャーリーがマルクスの墓を見に行く場面があるが、これはロンドン北部にあるハイゲイト墓地。マルクス主義に共感を覚えるワーキングクラスのシリルにとって、この場所はとても大切なものだったに違いない。

Karl Heinrich Marx(1818-1883)
共産主義の基礎となったマルクス主義の創唱者。資本主義社会の矛盾を衝き、社会主義社会へ移行する必然性からプロレタリアートによる革命を説いた。

政治的信条

シリルの母は貧乏なのに保守党支持とのこと。 ワーキングクラスは労働党に入れるのが普通なのでこれはちょっと変わっている。

左寄りのシリルは部屋にサッチャーのポスターを貼っており(揶揄するためか、憎悪の対象として)、トゲだらけのサボテンにサッチャーという名前をつけている。 彼の女友達スージーはより急進的なプロレタリアート革命を夢見ているようで、「同志!(コムレイド!)」と呼びかける。女性が中絶する権利についての運動にも参加しているようだ。

「This Little Piggy」

シャーリーがシリルの靴を脱がせてあげる場面。靴を脱がせ、靴下を脱がせた後「」と言うが、これは伝統的なイギリスの子供の遊び。よく赤ちゃんや小さい子をあやす時にやるもので、足の親指から小指まで順番につまんでゆき、最後に足の裏をくすぐるというもの。
参考:『グロテスク』 The Grotesque (1995) 『ドレッサー』 The Dresser(1983)

This little piggy went to market,
This little piggy stayed home,
This little piggy had roast beef,
This little piggy had none,
And this little piggy cried,
Wee, wee, wee, all the way home.

ロケ地

キングス・クロス周辺
ハイゲイト墓地
カナリーワーフ(シリルがバイク便で向かった先)

Awards

ヴェネチア国際映画祭:国際評論家賞(FIPRESCI Award)受賞=マイク・リー
ヨーロッパ映画賞:女優賞(Ruth Sheen)、助演女優賞(Edna Dore)、作曲賞(Andrew Dickson)

キャスト

Phil Davis .... Cyril Bender
Ruth Sheen .... Shirley (シリルの10年来の恋人)
Edna Dore .... Mrs. Bender (シリルとヴァレリーの母)
Philip Jackson.... Martin Burke(ヴァレリーの夫・実業家)
Heather Tobias .... Valerie Burke (シリルの姉)
Lesley Manville .... Laetitia Boothe-Brain (シリルの母の隣人)
David Bamber .... Rupert Boothe-Braine (シリルの母の隣人)
Jason Watkins .... Wayne (田舎から出てきた青年)
Judith Scott .... Suzi (革命を夢見る女性)
Cheryl Prime .... Martinの愛人
Diane-Louise Jordan .... 薬局の店員
Linda Beckett .... Receptionist

参考文献・ソフト

imdb.com

 

DVD

(1988年 イギリス 108分)


『ヒューマン・トラフィック』 Human Traffic (1999)

監督・脚本:Justin Kerrigan

Story

ドラッグのやり過ぎでインポになってしまったと悩むジーンズ・ショップで働くジップ、綺麗なのに男運が悪い良家の子女ルル、ファーストフード店勤務のニーナと彼女にぞっこんの世界的なDJを夢見るファンキーなクープ、そして警官の父を持ちながらいつもドラッグでラリってるモフ。 彼らを灰色の毎日から解き放ってくれる週末のクラブ・シーンだけに生きがいを見出す、ケミカル・ジェネレーションのパーティ・アニマル。 ウェールズの首都カーディフを舞台に、クラブ・ミュージックやドラッグに彩られた若者たちの明るく乾いた日常を描いた話題作。

 

Check

ドラッグ

友人にまでドラッグを売りさばくモフを筆頭に、ここに登場する若者たちにとってドラッグは日常茶飯事。 マリファナなどの軽いものから、はまると深刻な中毒症状を引き起こすヘロインまでと種類もさまざま。 ニーナとルルはインタビューのカメラに答えて、「トレインスポッティングを観てヘロインを始めたの」と明るく答える。

*ヘロインは白い粉をストローなどで鼻から吸引する描写が多い。『トレスポ』『ファイナルカット』など

パブに集まってクラブに

週末、クラブに出かけるときはまずパブに集合して一杯やってから。 パブは夜11時頃には閉店してしまうが、クラブ・シーンが熱くなるのは真夜中過ぎてから。

親たちの悩み

ジップの母親は娼婦で、彼が物心ついたときから自宅で商売している。 クープの父親は神経を病んでいて普通には暮らせない。 一見明るく見える若者たちも、こうして親のことで頭を悩ませていると言う一面も。

Music

ファットボーイ・スリム、CJポーランド、アーマンド・ヴァン・ヘルデン、オービタル、プライマル・スクリーム、システムF、ロブ・メロウなど、イギリスのクラブカルチャーをリアルに映し出すアーティストが多数参加。

キャスト

ジョン・シム・・・『ひかりのまち』の他、TVシリーズ『心理探偵フィッツ』「悲しい出会い」のゲイの少年役など

ダニー・ダイアー・・・『グリーンフィンガーズ』の囚人、『ザ・トレンチ 塹壕』などの他、TV『修道士カドフェル』「死への婚礼」、『フロスト警部』、『第一容疑者・3』にゲスト出演

ショーン・パークス・・・『ロック、ストック&フォー・ストールン・フーヴズ』などTV版「ロック、ストック」シリーズのレギュラー。

 

ロケ地

Cardiff, South Glamorgan, Wales

監督のJustin Kerriganは、この作品の舞台となったカーディフ出身。

Awards

1999年British Independent Film Award最優秀プロダクション賞
1999年トロント映画祭ディスカバリー賞

キャスト

John Simm .... Jip
Lorraine Pilkington .... LuLu
Shaun Parkes .... Koop
Danny Dyer .... Moff
Nicola Reynolds .... Nina

Dean Davies .... Lee (Ninaの弟・17歳)
Justin Kerrigan
Jan Anderson .... Karen
Carol Harrison .... Moffの母
Andrew Lincoln .... Felix

参考資料とソフト

imdb.com

 

オフィシャルサイトオンリーハーツ

国内盤DVD(2001/04/06)オンリー・ハーツ

サウンドトラックCD
イーストウエスト・ジャパン(2000/06/07) *二枚組

CD:トリビュート・トゥ・ヒューマン・トラフィック
カルチュア・パブリッシャーズ (2000/06/21)

 

(1999年 イギリス 99分)


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