タイトル*
監督:David Caffrey
脚本・原作:Colin Bateman・・・新聞記者出身2000年"ケルティック・フィルム・フェスト"では「バイバイ、ジャック」という題で上映された
1999年、北アイルランド・ベルファスト。皮肉たっぷりの記事を書くので熱烈なファンも多い人気コラムニスト、ダン・スターキー。おりしも首相選挙を間近に控えて世間がざわついている頃、彼は公園で知り合った可愛い美大生マーガレットと知り合いベッドイン。ところがめくるめく甘いひとときの後買い物から戻ると、マーガレットが血の海の中に倒れており、「ディヴォース・・・ジャック・・・」というダイイング・メッセージを残してこときれてしまう。
殺人の容疑者として警察に追われ、なぜかIRAや正体不明のスキンヘッズたちからも追われる羽目に。アメリカ人記者パーカーの助けを借りて真犯人探しに乗り出したが、しだいに首相選挙がらみの陰謀がうごめいていることがわかり・・・
1998年、イギリスのブレア首相とアイルランド共和国のアハーン首相は、北アイルランド和平の合意文書に署名した。合意文書の内容のひとつに北アイルランド自治政府と地方議会の設置があり、これも国民投票により承認される。 北アイルランド自治政府の復活は、1972年「血の日曜日事件」をきっかけにイギリスが自治権を停止し直接統治に入って以来、実に28年ぶりのこと。北アイルランド地方議会は1998年7月初会合を開き、選挙で第一党となったアルスター統一党(プロテスタント)党首デイビッド・トリンブルを、北アイルランド行政府首相に指名した。
この映画に登場する首相選挙もそういった北アイルランドを取り巻く環境の変化を背景にしており、平和主義を唱えるブリン氏が首相になり自治政府を軌道に乗せなければ、再び北アイルランド紛争が勃発し多くの人命が奪われかねないということ。
「ディヴォーシング(離婚)・"ジャック"」というタイトルに、"ユニオン・ジャックと決別"の意味が隠されているのかも。
スターキーが記事を書いているタブロイド紙「ベルファスト・イヴニング」では、全社を挙げてブリン氏を応援する姿勢をとっている。 日本の新聞社は政治的方向性を"表面的には"出さないようにしているが、イギリスの新聞社は、はっきりどの党をどの候補者を応援するか旗色鮮明にしている。 新聞によって左翼・右翼のカラーが明確なので、読者は自分の政治的志向にあった新聞を愛読することが多い。
「ブリンが首相になれば、西ベルファストはダブリンのギネス工場と交換され・・・」スターキーがブリン氏を揶揄して書いたコラムの一部。
ベルファスト人口の約4割を占める少数派のカトリック系住民は、西ベルファストにまとまって住んでいる。カトリック=アイルランド共和国寄りナショナリスト&リパブリカンということで、あえて「西ベルリン」と書いたのだろう。
アメリカ人記者パーカーとの待ち合わせに遅れたスターキーは「爆弾渋滞だ」と言い訳をする。 爆弾テロが頻繁に起こっていた北アイルランドならではの辛辣なジョーク。
首相候補のブリン氏は、昔IRAの爆弾テロに巻き込まれて全身の30%に大やけどを負ってしまったという経歴をひとつの売りにしているのだが・・・
黒人記者パーカーを連れたスターキーは、「北アイルランドには黒人はいない。緑とオレンジだけだ」と説明。
緑=カトリック・リパブリカン・IRA
オレンジ=プロテスタント、ロイヤリスト、アルスター義勇軍・・・ということ。緑はケルト・アイルランドの象徴であり、オレンジはその昔カトリックをボイン河の戦いで打ち破った"オレンジ公ウィリアム(英国王)"に代表されるプロテスタント優位の象徴だからだ。
ちなみにアイルランド共和国の国旗も緑・白・オレンジだが、真ん中の白は緑とオレンジを取り持つ平和を象徴している。
首相候補のブリン氏に対し、名前をアイルランド風から英国風に(O'BrinnからBrinnに)変えた理由を質問するスターキーに対し、ブリン氏はこう答える。「この国では名前が大きな意味を持つ。 たとえばO'がつくとプロテスタントに嫌われるからな」
アイルランドでは、姓を聞けばすぐその人がカトリックの家系かプロテスタントの家計か、わかってしまう。「O'」がつく名前は典型的なカトリック。
参考:『ナッシング・パーソナル』Nothing Personal (1995) で父親をパブに探しに来た少女が、名前を聞かれてもじっと口をつぐんでいたのは、そのパブが系住民が集まる場所だったので、自分が系とわかれば身の危険が及ぶと判断したため。
ブラックブッシュとブッシュミルの違いを教えてやろうと、パーカーをパブに誘うスターキー。どちらもウィスキー(Whiskey)で、ブッシュミルはアイリッシュ・ウィスキーを代表する銘柄のひとつ。
>>『ウェルカム・トゥ・サラエボ』Welcome To Sarajevo(1997)
北アイルランドは・・・プロテスタントにとっては「アルスター地方」、カトリックにとっては「北6州」、イギリスにとっては「例のあの地方」だ。それぞれの立場によっての位置づけが端的に表されていて面白い台詞。
嫉妬に燃えたスターキーの妻がマーガレットのフラットにやってきた時、投げつけたのはなんとジャガイモ。かつてジャガイモの不作による大飢饉で多くの国民が餓死したが、それほどジャガイモはアイルランドの食生活になくてはならないもの。
マーガレットと一夜をともにしたあとお腹が空いて何か買いにいくことになった時も、まず思いついたのもチップス(=フライドポテト)。結局買ってきたのはピザだったが。
ブリン氏の自宅(豪邸!)にインタビューに行ったスターキーとパーカー。政治問題について質問に対してブリン氏が「我々が目指すのは、君たちアメリカ人が好むような映画の結末、つまりハッピーエンドだ。"Give Peace a Chance"だ」と言うと、それに答えて「ジョン・レノンは撃たれなかったっけ?」と揶揄するスターキー(#この部分字幕には出ない)。"Give Peace a Chance"というのは、ジョン・レノンの有名な曲のタイトルだから。
コメディアンのGiblet O'Gibberを探しにドルフィン・ホテルに来たスターキーとパーカー。ホテル内で凶悪なスキンヘッドたちに見つかり逃げる途中で「ヨーロッパ・ホテルに移動して落ち合おう」と告げるパーカー。ヨーロッパ・ホテルというのは、有名なベルファストきっての一流ホテル。 のちに高級ホテルにふさわしくないGジャン姿のスターキーが入ろうとした時に入り口で不審な目で見られたので、自分はアーティストだと嘘をつく。 待ち合わせのレストランのテーブルに着いたとき、後からやってきたキーガンらがジャム・サンドウィッチなどを頼んで(poshなメニューしかおいていないのだろう)ウェイターを困らせる。
"IRAがデリーで警官と間違えてモルモン教徒を撃ち殺した"というニュースが話題になるが、90%以上がプロテスタント系住民で占められる警察は、IRAの仇敵。 "ブリン氏がIRAの誤爆テロで大火傷を負った事件"も、警察の集会が開かれている場所と間違われたため。
パトリシア・ハーストとは、アメリカの新聞王ウィリアム・ハースト(市民ケーンのモデルになった)の孫娘。 彼女が人民解放をとなえる過激な政治活動組織グループに誘拐された。法外な身代金の要求にさすがの大富豪といえど応えられないままに人質となったパトリシアは解放されなかった。その数ヵ月後、この過激派グループが銀行を襲撃した時に、彼女もその一味に加わっていたことが明らかになった。 誘拐・監禁されているうちに犯人に好意を抱くようになったこのパトリシア・ハースト事件と、同じような状況にあるスターキーの妻パトリシア(奇しくも同じ名前)を重ね合わせているのである。 これも「ストックホルム・シンドローム」の一種だろう。
「ストックホルム・シンドローム」については>>『ワールド・イズ・ノット・イナフ』The World Is Not Enough (1999)
*その後パトリシア・ハーストは、ジョン・ウォーターズ監督に見出され、彼の監督作品に女優として出演している。
字幕では「パズル・ツリー」となっていたので少しこの部分のユーモアがわかりにくいが、「モンキー・パズル・ツリー」とは、猿も登るのが難しい鋭い葉が密集した松のこと。原語では 「マウスが"モンキー・パズル・ツリー"と勝手に思い込んでいた木は、本当は違った。 」と言っている。 確かにこの木はどう見ても松ではない。
Bangorのマーケットに店を出していた男は、問題のブツはクロスマハートから来た司祭が買っていってしまったと告げる。その地名を聞いて、すぐそこが70年代初めにカトリック系住民が集団移住させられてスラム化した地域だと気づく。 西ベルファストはこのようなカトリック系住民の居住区となっており、プロテスタント系住民の住む地域に比べて著しく劣悪な環境におかれている。
ちなみに「Crossmaheart」は、コリン・ベイトマンの著作を原作にした映画「Cycle of Violence(1998)」の別題でもある。
Belfast, Northern Ireland
・・・ドネゴール広場のヴィクトリア女王像などBangor, County Down, Northern Ireland
・・・市が立っていた場所Donaghadee, County Down, Northern Ireland
英インディペンデント映画賞最優秀男優賞ノミネート(デヴィッド・シューリス)
サンセバスチャン映画祭新人監督賞ノミネート
ファンタスポルト映画祭2部門受賞
David Thewlis .... Dan Starkey(コラムニスト)
Laine Megaw .... Patricia (スターキーの妻)
Rachel Griffiths .... Lee Cooper (尼さんの姿をした・・・?)
Laura Fraser .... Margaret (美学生・実はある大物政治家の娘)
Richard Gant .... Charles Parker(アメリカ人ジャーナリスト)
Alan McKee .... Mouse (スターキーの親友)Robert Lindsay .... Michael Brinn (首相候補)
Kitty Aldridge .... Agnes Brinn (ブリン氏の妻)Jason Isaacs .... Cow Pat Keegan(IRA・マーガレットの元恋人)
Paddy Rocks .... Mad Dog (キーガンの仲間)
Derek Halligan .... Frankie (キーガンの仲間)Philip Young .... スキンヘッド男
Bronagh Gallagher .... 女性タクシードライバー
Ian McElhinney .... Alfie Stewart (アルスター義勇軍)
Colin Murphy .... Giblet O'Gibber(スタンダップ・コメディアン)
John Keegan .... Flynn神父
Brendan McNally .... 郵便局員
オフィシャルサイト
http://www.divorcingjack.co.uk/原作_Divorcing Jack_ by Colin Bateman(Paperback/Hardcover)
資料:『アイルランド問題とは何か―イギリスとの闘争、そして和平へ』
鈴木 良平 (著) / 丸善ライブラリー/ 新書(2000/03/01) ISBN: 4621053159
(1998年 イギリス 110分)
監督・脚本:Michael Powell & Emeric Pressburger
撮影:ジャック・カーディフ
第二次大戦末期、1945年5月2日。 イギリス空軍基地に無線通信士として勤務していたアメリカ娘ジューンは、不思議な無線を受信する。 声の正体は英国空軍飛行中隊長ピーターで、彼が乗った爆撃機は帰還途中に被弾し、脱出の手だてもないピーターは死を待つのみという絶望的な状況だった。顔も知らない相手を必死で励ますジューン。 やがてピーターはパラシュートなしで飛び降りるが奇跡的に命を取り留め、ジューンと出会ってたちまち恋に落ちる。ところが実はピーターは墜落のときに死んでいる運命で、上空を覆っていたイギリス特有の濃霧のために天国からの使者が見失ってしまったのだ。 出会うはずのない二人が出会い恋に落ちてしまったのは天国側のミスだから召還には応じたくないと、ピーターは天界でこの一件を裁判に持ち込むが・・・モノクロームの天国と、総天然色テクニカラーの地上の対比が鮮やか。
無線での会話から、彼の母親がロンドン北部の住宅地ハムステッドに住んでいることがわかる。Hampstead Laneというとハムステッド・ヒースの北側に面した道。 また彼がオックスフォードで西洋史学を学び詩作をするという、およそ実用とは程遠い分野を研究していたことから、あくせくせずとも生活に困らない階級の出身ということもうかがえる。志願して空軍入りしたのは「ノブリス・オブリージュ(高貴なものはより大きな責務を負う)」精神だろうか。
ジューンが逗留している屋敷では、アメリカ兵たちも集まってシェイクスピアの『夏の夜の夢』の稽古に余念がない。
リーヴ医師がジューンのことを「She walks in beauty, like the night」と形容したが、これはバイロン卿の詩の一説からの引用。彼の教養豊かな面がうかがえる。 ピーターも実は詩人で、リーヴは彼の詩も読んだことがあるといっている。 リーヴはピーターの弁護をする際、イギリスにはジョン・ダンが、キーツが、ワーズワースがいる!」と英国文学史上燦然と輝く詩人たちの名を挙げる。
映画のラストはSirウォルター・スコットの詩で締めくくられる。
天界の裁判で検察官を務めるアメリカ人Farlanはボストン出身で、アメリカ独立戦争のさなか1775年に死んだといういわくつきの人物で、当然極端なイギリス人嫌い。 ボストンはボストン茶会事件(1773)に象徴されるようにイギリスの植民地支配に対抗するパワーがみなぎっていた歴史ある都市。
ファーランは、ラジオのクリケット中継をイギリス人をけなす材料にした。
当初陪審員の顔ぶれは、イギリスに恨みを持つ者ばかり。 長年のライバルであるフランス人、ボーア戦争がらみで南アフリカ出身の男、クリミア戦争で戦ったロシア人、北京出身の男(1857年北京侵攻)、パンジャブから来たインド人(イギリスの植民地支配)、そして600年にもわたってイギリスに虐げられてきたアイルランド人!
アメリカ人ファーランのイギリスを貶める台詞の数々を通して、イギリス人の自虐的笑いのセンスが見て取れる。以下はアメリカ娘のジューンがイギリス男と恋に落ちたことを嘆く場面:
「新世界から旧世界へ、快活なアメリカ娘を"パンチ"の笑いで窒息させ、スピードある生活からクリケットのテンポに、快適な環境から英国式になじませるのか! 寒い家、煙突、隙間風、配管も不備だ。」「パンチ」はイギリスの風刺的漫画雑誌。 セントラル・ヒーティングで家中暖房できるアメリカと違って、イギリスの家は古いこともあって隙間風が吹きぬけるのは致し方ない(映画『永遠の愛に生きて』Shadowlands(1993)にもそんな台詞が)。 配管がめちゃくちゃなのは現在のイギリスでもよく嘆きの対象になる。
Campな(カマっぽい)フランス人使者を演じた Marius Goringは実はイギリス人。(『赤い靴』 The Red Shoes (1948)でも作曲家志望の青年を好演)ベルギー人の名探偵ポワロ(アガサ・クリスティーによる小説の登場人物)もそうだが、イギリス人にとってフランス語って「オーボワ、モナミー♪」というイメージなのだろうか。
Middle Street, Shere, Surrey
カメラ・オブスキュラで映し出される村の場面
1999年度英国映画協会によるベスト100作品:20位にランクイン
David Niven .... Peter Carter (英国空軍パイロット・27歳)
Kim Hunter .... June(アメリカ人の無線通信士・Peterと恋に落ちる)Roger Livesey .... Doctor Frank Reeves (Juneと仲が良い医者)
Robert Coote .... ボブ・トラップショー(Peterと同乗していた通信士)
Marius Goring .... 天国からの使者71号(フランス人)
Abraham Sofaer .... 天国の裁判長
Raymond Massey .... Abraham Farlan(裁判の検察官役・アメリカ人)
Kathleen Byron .... 天使
Richard Attenborough .... イギリス人パイロット
Bonar Colleano .... アメリカ人パイロット
Joan Maude .... 天界の記録係主任
Robert Atkins .... The Vicar
Edwin Max .... Dr. McEwen(リーヴズの知人・医師)
Bob Roberts .... Dr. Gaertler
Betty Potter .... Mrs. Tucker
(1946年 イギリス 104分)
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