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タイトル*


『マネートレーダー 銀行崩壊』 Rogue Trader (1999)

監督・脚本:James Dearden
原作:Nick Leeson
_Rogue Trader: How I Brought Down Barings Bank and Shook the Financial World_

Story

1995年2月27日、今世紀最大の金融スキャンダルが全世界を震撼させた。"女王陛下の投資銀行"とまで称えられた名門ベアリングズ銀行が、弱冠28歳のトレーダーのために8億6,000万ポンド(約1,380億円)という巨額の損失をだして破綻してしまったのだ。かつての花形トレーダー、ニック・リーソンはいかにして230年もの歴史を持つ世界最古のマーチャント・バンクを破滅に追いやったのか・・・?

 

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ベアリングズ銀行(Barings Bank)

1763年に創業された世界最古のMerchant Bank。女王陛下をも顧客に持つという名門中の名門銀行。
字幕では"merchant bank"を「民間銀行」と訳していたが、経済用語では「商業銀行」と呼ぶのが慣例。

ニック・リーソン(Nick Leeson)

Watford生まれ。ワーキングクラス(父親は左官職人)出身で、学歴もなく(高卒)、ベアリングズ銀行に入っても普通なら一生事務員で終わるところを、インドネシアのジャカルタ支店で債権処理問題を任されたことから出世の糸口をつかむ。

ニックはSIMEX(シンガポール国際金融取引所)の先物取引部門責任者に抜擢され、学閥や家柄に関係なく実力でのし上がれるアジア市場に夢を見出した。シンガポールに赴任して1年経つ頃には1,000万ポンド以上、ベアリングズ銀行の利益の一割を稼ぎ出すまでになっていた。しかし1995年1月17日、阪神淡路大震災で日本市場が暴落した時、ニックは一日で5,000万ポンドもの損失を出してしまった。その後持ち直すかと見られた相場も下げ止まらず、損失を一気に取り返そうと賭けに出たニックの思惑は外れ、架空取引口座(Error Account 88888)の損金は加速度的に膨れ上がる。2月末ついに辞表を提出しシンガポールからボルネオに逃亡。事件が明るみに出てみると、損失は約8.6億ポンド(約1,380億円)という莫大な額に膨れ上がっていた。

妻とともにアブダビ経由フランクフルト行きの飛行機で逃亡したニックは、フランクフルトで逮捕後シンガポールに送還。懲役6年半の実刑判決を受ける。

銀行側の管理体制の甘さ

保守党のサッチャー政権による規制緩和でもたらされた1986年の「金融ビッグバン」。外資が参入して競争が激化していたシティ(ロンドンの金融街)では、いやがおうでも行内の人事改革を迫られており、老舗ベアリングズでも、イートン校からオックスブリッジに進んだようなボンボン(Old School Tieをしめているようなエリート層)ばかりではなく、ニックのようにワーキングクラス出身でもハングリー精紳あふれる若者を抜擢しようという潮流があった。

SIMEXでは人件費節約のためか、ニックが立会部門(トレーディング)と決算部門の両方の責任者であったため、内部チェック機能が全く働いていなかったし、本社から派遣された監査もずさんだった。取引のために証拠金(追証)がいるという名目で本社から莫大な資金を送金させていたが、本社側では花形トレーダーの機嫌を損ねないようにと、ろくにチェックもしないで度重なる送金要求をのんでいた。

「裁定取引で週1,000ドルの利益を上げられるなら、通常の銀行業務なんていらないのでは」などという頭取の発言からも、ニックのように派手に利益を上げる資金運用部門に目くらましされて、通常の地道な銀行業務を軽視する幹部の姿勢が窺われる。それに答えて「Nickはすごいarbitragerだ!」と絶賛する財務役員Tonyもすっかり舞い上がっている。(arbitrage="裁定取引"については、下記の解説をご覧ください)

当時の日本株市場の動き

「ニック・リーソンの破滅の原因は、バブル崩壊と阪神淡路大震災」「ニック・リーソン事件が明るみに出たのは日本のバブル末期」としている解説がよく見受けられるが、これは明らかに誤り。ニックの破滅はバブル崩壊と直接の関係はない。日経平均株価指数は1989年12月に史上最高値(38,000円台)をつけたのを最後に急落し(=バブル崩壊)、1992年には日経平均13,000円台まで下落していた。ニックがSIMEXでの取引に関わり出した1992年は相場がいったん底を打った頃で、その後は上下に振れながらも上昇基調にあり一時は19,000円台をつけるまでに回復していたからだ。

ニック・リーソン事件その後

ベアリングズ銀行:オランダのINGグループに買収された。
>>ING Barings
>>ING group

ニック・リーソン:懲役6年半の実刑判決が下るが、4年半で仮釈放される。ガンで余命幾ばくもないという。獄中で手記を執筆(この映画の原作)

ニックの妻:ニックが投獄されると離婚し、ヴァージン・アトランティック航空のスチュワーデスになる。ロンドンの投資銀行勤務の男性と再婚。実際はこの映画で描かれているような「何があってもあなたを愛する」という心の絆はなかったのかもしれない。1回に数千万円もボーナスをもらうような生活が破綻しただけに・・・。

ロンドンに凱旋

会議出席のためにロンドンに戻ってきたニック。ホテルでの講演会でのスピーチにげっそりしてしまう。その間リサは久しぶりのロンドンで羽を伸ばし、ハービー・ニコルズ(Harvey Nichols: ナイツブリッジにある洒落た高級デパート)やカルヴァン・クラインで買い物してきたらしい。

その他:言葉遊び

「ロンドンで騒いでいた頃、僕たちは将来(future)の選択肢(options)について考えていた」
・・・逃亡先のリゾート地(ボルネオ?)のプールサイドでの台詞。future=「将来」と「先物取引」を、options=「選択肢」と「オプション取引」をかけたしゃれ。

「尻出しに乾杯!(For Barings!)
・・・女性の前で尻をむき出しにした罪で裁判になっていたが、軽い罰金刑で済んだので喜んでいる時の台詞。「BaringBare=露出する、裸にする)」と、「Barings(ベアリングズ銀行)」をかけたしゃれ。

 

登場する金融用語について

実はわたくしもニックが活躍していた時期にこの業界の隅っこに籍を置いていた経験があり・・・(ぼそ)

SIMEX(シンガポール国際金融取引所)

SIMEX(サイメックスと読む)とはSingapore International Monetary Exchangeの略。

日経平均株価(Nikkei stock average/Nikkei index)

東証第1部上場銘柄のうち、売買が活発で市場流動性の高い225銘柄の株価を基に計算される、ダウ式修正平均株価指数。

先物取引(Futures)

特定の商品を、特定の日に特定の条件(価格、数量など)で売付け/買付けをする取引のこと。ニックが大損した「日経225先物(Nikkei 225 future)」は日経平均株価指数を基準とした金融先物取引で、大阪証券取引所に上場されている。SIMEXでは1986年9月から日経平均先物の取引が開始された。

証拠金(margin)

先物取引をする時に取引所に預ける証拠金。大きな損失が出た場合でもちゃんと清算できるように預けておくデポジットのようなもの。

当初証拠金(Initial Margin)は先物が満期になるまで全額払う必要はないが、変動証拠金(Valiation Margin)は、先物の相場が下がった時、持ち高に応じて取引所にその都度払う。変動証拠金は一般に「追加証拠金」・・・いわゆる「追証(おいしょう)」のこと。

取引額(Position=持ち高)が膨らむほどこの証拠金も多く預けなければならないので、ニックはその名目を利用して「証拠金を払わなければならないから」と本社に送金依頼をしていた。

オプション取引(Options)

ある特定の商品を、あらかじめ合意された条件により売る権利(Put)、買える権利(Call)を売買する取引のこと。オプションを買った者はオプション行使の権利を保有し、売った者はオプション行使に応じる義務を負う。

たとえばコール・オプション(買える権利)の場合・・・オプション料100円を払って"あるものを1000円で買える権利"を買った場合、それが1200円に値上がりしたら利益が出るが、900円に値下がりしていたら1000円で買うと損してしまうので、その権利は放棄して900円で買う・・・という仕組みなので、条件より実際の価格が上がれば上がるほど比較的少ない元手で莫大な利益が上げられるが、反対に下がればその価値は紙屑同然になってしまう、ハイリスク・ハイリターンな取引。

ニックのようなトレーダーは満期まで待って権利行使せず、値上がりしたらすぐ売却して利益を確保することが多いだろう。(=反対売買。つまり"買建て"していたら転売、"売建て"していたら買戻し)

デリバティブ(Delivertive)

金融派生商品。つまり、本来の金融商品から派生した商品(先物、スワップ、オプションなど)の総称。もともと相場の変動リスク(金利や為替などの)を回避する目的で利用されるものだが、その仕組みを利用して機関投資家などがハイリスク・ハイリターンな取引に使うようになった。

裁定取引(arbitrage)

相場というものは本来同じ動きをするものだが、たまに値動きにズレが生じることがある。その間隙を衝いて売り買いし、利益を上げるのが裁定取引。取引が成立した時点で利益が確定する。

たとえば・・・SIMEXに赴任早々ニックが日本のフェルナンドに電話をかけた時、大阪証券取引所(大証)の値動きのズレに気づいて、SIMEXで安値で買うと同時に大証で売り、一瞬にして利益を上げる場面があるが、これが裁定取引。

参考:このようなわずかな値動きの違いでも利益が出るオプション取引の場合はともかくとして、違う市場の先物同士での裁定取引が行われることは、現在ではほとんどない(違う市場での値動きにそれほどズレが生じないため)。一般的に行われるのは、先物と現物のズレを利用した裁定取引。これは先物の理論値(現物の値段+満期までの利息)と現物の値を比べて、割安な方を買うと同時に割高なものを売るという方法。

 

ロケ地

ロンドン(シティ、セント・ポール大聖堂など)
シンガポール(クアラルンプール、ラッフルズホテル、チャンギ国際空港ほか)
インドネシア(ジャカルタ)

キャスト

Ewan McGregor .... Nick Leeson
Anna Friel .... Lisa Leeson (Nickの妻・旧姓シムズ)
Lee Ross .... Danny Argyropoulos (Nickの友人・他社トレーダー)
Pip Torrens .... Simon Jones (地域担当=Regional Manager)
Irene Ng .... Bonnie Lee (Nickの部下)
Tom Wu .... George Seow (Nickの部下)
Daniel York .... Henry Tan (Nickの部下)
Yves Beneyton .... Pierre Beaumarchais(大口顧客)
Simon Shepherd .... Peter Norris (ベアリングズ銀行頭取)
John Standing .... Peter Baring (ベアリングズ銀行会長)
Nigel Lindsay .... Ron Baker (デリバティブ責任者)
Tim McInnerny .... Tony Hawes (本社の財務役員)
Betsy Brantley .... Brenda Granger(本社財務担当者)
Caroline Langrishe .... Ash Lewis(やり手の女性会計監査員)

参考資料とソフト

国内盤DVD

輸入版VHS

原作:
Rogue Trader : How I Brought Down Barings Bank and Shook the Financial World
by Nicholas William Leeson

参考:How Leeson broke the bank(BBC News)

オフィシャルサイト

(1999年 イギリス 104分)


『待ち焦がれて』 Persuasion (1995)

監督:Roger Michell
脚本:Nick Dear
原作:ジェーン・オースティン『説得(Persuasion)』

Story

1814年9月、イングランド南西部。准男爵Sirウォルターの次女アンは、19歳の時海軍士官のウェントワースと相思相愛の仲になっていたが、身分違いと家族の猛反対にあい別れてしまった。それから8年、27歳になったアンの前に偶然現れたウェントワースは男ぶりも上がって海戦でひと財産築いた立派な海の男となっていた。8年前のいきさつもあって最初はギクシャクしがちなふたりだったが・・・?
ジェーン・オースティン最晩年の作品「説得」を原作にしたしっとりした文芸ドラマ。

 

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時代背景

物語の時代背景は、ナポレオンがエルバ島に流されフランスとの戦いが一段落した1814年の9月から、ナポレオンがエルバ島を脱出したその年の12月まで。

冒頭で「9月にソルベ(シャーベット)なんて」とうっとりしている場面があるが、冷凍庫のないこの時代には贅沢な楽しみだったことだろう。

クロフト提督夫妻がケリンチ・ホールに引っ越してきたのは、聖ミカエル祭の日(9月29日)。

舞台設定〜イングランド南西部〜

サマセット:エリオット一家の暮らしていたKellynch Hall、メアリーの嫁ぎ先のアッパークロス、クロフト提督の故郷はサマセットシャーにあるという設定。

ライム・レージス:ハーヴィル大佐の家はドーセットの名所ライムにあるという設定。ここの突堤(Cobb)は古くから名所として知られており、『フランス軍中尉の女』The French Lieutenant's Woman (1981)の舞台ともなった。

上流階級の社交場・バース

バース(Bath)は「お風呂(Bath)」の語源ともなった町で、紀元一世紀ごろからすでに温泉保養地として古代ローマ人に利用されていた。それが発展して18世紀になると高級リゾート地として特に上流階級の華やかな社交場として人気を博していたとか。原作者のジェーン・オースティンにも縁が深い町で、資料館などもある。

パンプルーム(Pump Room)
アンは体の具合が思わしくないクロフト提督に温泉水を飲むように勧めるが、バースの温泉水は古くから薬効ありとして知られてきた。現在でもパンプルームでは、温泉のミネラル・ウォーターを汲み上げて観光客に供している。(とても美味しいと言える味ではないそうだが)

アセンブリー・ルーム(Assembly Room)
アンがエリオット氏らと一緒に行ったイタリア歌曲のコンサートが開かれていたのは、バースのアセンブリー・ルーム。18世紀後半に建てられたが第二次大戦で消失、現在見られるのは戦後復元されたもの。19世紀の社交界華やかなりし頃は、ヨーロッパ随一の舞踏会場としてその名をはせていた。

スノッブ(俗物)な人々

アンを除くエリオット家の人々(Sirウォルター、エリザベス、メアリー)は滑稽なまでに「俗物」として描かれている。准男爵(バロネット)である当主のSirウォルターは、子爵夫人Lady Dalrympleには媚びへつらうが、メアリーの嫁ぎ先のMusgrove一家やウェントワース大佐は「平民」と見下す。Musgrove家の娘たちに関しては「農家の娘」とも。

その娘であるメアリーもMusgrove家の人々を見下しており、婚家の親戚であるヘイター氏の住むウィンスロップ村には寄り付きもしない。

Anneたちの母が亡くなって以来、派手な生活を好むようになったElliot家の借金は膨大な額にのぼっており、体面を保つためにはケリンチホールで暮らすよりは、バースで暮らしたほうが費用がかからないと引越しを決意。

財産の相続

Sirウォルターが「うちにも男の子がいたら」と、わが子にケリンチ・ホールを遺せない不幸を嘆いていたが、当時は、子供が女子ばかりで男子の跡継ぎがいない場合、不動産は近い親戚の男子に相続させることが一般的だった。男の子がいないSirウォルターの不動産は、甥であるウィリアム・エリオット(アンたちのいとこ)が相続する予定になっていた。バースでウィリアムが(エリザベスの話し相手としてSirウォルターとも同居中の)クレイ夫人に近づいたのも、万が一Sirウォルターが彼女と再婚して男の子が生まれてしまったら、Sirウォルターの財産が相続できなくなってしまうことを恐れたからだったらしい。

同じくジェイン・オースティン原作の『高慢と偏見』Pride and Prejudice (1995)でも、子供は女ばかりのベネット家では遺産は親戚のコリンズ牧師が相続することに(限嗣相続)なっていた。『いつか晴れた日に』Sense and sensibility(1995) では父親の死によって先妻の息子に家屋敷が譲られることになったので、三人姉妹とその母親はわずかばかりの年金だけをもらって住み慣れた家を出て行かなければならなかった。

ロケ地

バース, Avon
Lyme Regis, Dorset
Gloucestershire
Somerset
Portsmouth

 

キャスト

Amanda Root .... Anne Elliot(Elliot家の次女・27歳独身)
Ciaran Hinds .... Frederick Wentworth大佐 (クロフト提督夫人の弟・Anneの昔の婚約者)

Corin Redgrave .... Sir Walter Elliot (准男爵・Anneの父・ケリンチ・ホール当主)
Phoebe Nicholls .... Elizabeth Elliot (Anneの姉・29歳独身)

Samuel West .... Mr William Elliot (Sir Walterの甥・Elliot家の相続人)
Susan Fleetwood .... Lady Russell(Elliot家の隣人で亡きElliot夫人の親友)
David Collings .... Mr Shepherd (Elliot家の顧問弁護士)
Felicity Dean .... Mrs Clay (Shepherd氏の娘・未亡人・エリザベスの話相手として同居中)

Sophie Thompson .... Mary Musgrove (Anneの妹)
Simon Russell Beale .... Charles Musgrove (Maryの夫)
Emma Roberts .... Louisa Musgrove (Charlesの妹・19歳)
Victoria Hamilton .... Henrietta Musgrove (Charlesの妹・20歳)
Roger Hammond .... Mr Musgrove (Maryの舅)
Judy Cornwell .... Mrs Musgrove(Maryの姑)
Isaac Maxwell-Hunt .... Henry Hayter(Charlesたちのいとこ)

John Woodvine .... Admiral George Croft (海軍提督・ケリンチホールを借りる)
Fiona Shaw .... Mrs Sophie Croft(提督夫人)

Robert Glenister .... Captain Harvile (ウェントワース大佐の友人・Lyme在住)
Sally George .... Mrs Harville
Richard McCabe .... Captain James Benwick (ハーヴィル大佐の亡き妹の婚約者)
Helen Schlesinger .... Mrs Smith (Anneの寄宿学校時代の旧友・Bath在住)
Jane Wood .... Nurse Rooke (Mrs Smithの世話係)

Darlene Johnson .... Lady Dalrymple(子爵夫人)
Cinnamon Faye .... Miss Carteret(Lady Dalrympleの娘)

 

参考資料とソフト・関連商品情報

日本未公開・ビデオあり・NHK-BSなどで放映

原作:
『説得』ジェーン オースティン・著/大島 一彦・訳/キネマ旬報社(2001/05/01)
『説きふせられて』ジェーン オースティン・著/富田 彬・訳/岩波文庫(1998/10/01)

参考書:
ジェイン・オースティン―「世界一平凡な大作家」の肖像 』大島一彦・著 中公新書 (1997/01/01)

Official Site

(1995年 イギリス 102分)


『マジック・クリスチャン』 The Magic Christian (1969)

監督・脚本:Joseph McGrath
原作・脚本:Terry Southern「イージー・ライダー」「キャンディ」
脚本参加:ピーター・セラーズ、ジョン・クリーズ、グレアム・チャップマン

Story

ガイ・グランド卿は人並み外れた大富豪。 セント・ジェームズ・パークで偶然出会ったホームレスの若者ヤングマンと意気投合し、子供がいない自分の跡継ぎにと、養子縁組をした。 Sirガイはヤングマンを連れて、有り余るほどの財力を武器にハチャメチャな騒動を巻き起こしご満悦。 やがてふたりは豪華客船マジック・クリスチャン号に乗り込むのだが・・・

poshな上流階級や既成概念を吹き飛ばす、スラップスティック・コメディ。主演のピーター・セラーズ&リンゴ・スター(ビートルズ)のほか、豪華ゲストが楽しい。

Check!

God Save The Queen

冒頭、イギリス国歌"God Save The Queen"が流れる中、10ポンド札(Bank of England)が大写しに。 デザインされているエリザベス女王の肖像が若いのがミソ。現在の10ポンド札は、女王がもう少し老けている。

ビッグ・ベンの鐘をBGMにモーニング・ティー

Sirガイはすぐ近くで鳴っているビッグ・ベンの鐘の音を聞きながら、ベッドで優雅にモーニング・ティーをすする。 あれだけ鐘の音が近くで聞こえるということは、街の中心部に住んでいるということに。 一方、ヤングマンの朝は、セント・ジェームズ・パークから始まる。 警備員に追い立てられ、この公園のすぐ隣にあるバッキンガム宮殿前の噴水で歯を磨く。

ハムレットの第三幕

ヤングマンを連れてシェイクスピア劇を鑑賞しにきたSirガイ。 おりしも舞台は第三幕の有名な台詞「To be or Not To be」にかかったところ。 シリアスな場面のはずなのに、主演のハムレットが突然ストリップティーズを・・・!

ボクサーたちの抱擁

アメリカから来たヘビー級チャンピオンのアイクと、それに挑戦するロンドンはBattersea出身(=労働者階級出身ということだろう)のジョーは、試合の最中に突然抱擁を始め、観客が見ている前で熱いキスを交わしてしまう。この作品が作られたのは1967年に同性愛を禁じる法律が廃止になって間もない頃だったことを考えると感慨深い。ちなみにカメオ出演しているグレアム・チャップマンがカム・アウトしたのも1967年のこと。

オックスフォードv.s.ケンブリッジのボートレース

テムズ河で行われるオックスフォード対ケンブリッジのボートレースは、100年以上もの歴史を持つ伝統的なもの。映画『トゥルー・ブルー』True Blue(1996) もこのボートレースを巡るスポーツドラマ。

Traffic Warden (交通監視員)

「私はConstable(巡査)じゃなくてWarden(監視員)だ!」Sirガイは、Traffic Warden (交通監視員)に駐車違反の切符を切られてしまう。 トラフィック・ウォーデンは駐車違反などの取締りをする監視員のことで、報酬は歩合制によるところが多いとのこと。だからロンドンの駐禁は東京より厳しいかもしれない。

サザビーズ

クリスティーズと並んでイギリスで最も著名なオークション会場のひとつ。 Sirガイが目をつけたレンブラントの絵画のように、美術的価値の高い名品が取引されることも多い。

時代の風潮

この作品が作られたのは1960年代末。サイケデリックなヒッピー・ムーヴメントの到来がすぐそこまで来ていたため、ラブ&ピースの反核マーク、大麻(hemp)などの風俗が登場する。 他に豪華客船に「まさか黒人は乗っていないだろうな」と言い放ち、白人・黒人二人組みのマッチョなボディ・ビルダーに迫られる客がいるのもアメリカの公民権運動の影響が読み取れるし、毛沢東の写真が飾ってあったり"smash capitalist"という落書きがあるのも、社会主義思想の隆盛や中国の文化大革命の影響だろう。

ビートルズ

主演はいわずと知れたビートルズのリンゴ・スター。 主題歌を作曲したのはポール・マッカートニー(唄って。マジック・クリスチャン号にジョン・レノン&オノ・ヨーコ(のそっくりさん)が乗り込む場面も。

豪華ゲスト

モンティ・パイソン組からジョン・クリーズ&グレアム・チャップマン(アラン・ウィッカーも・笑)、『ドラキュラ』をはじめとしてハマープロの看板役者クリストファー・リー、ローレンス・ハーヴェイ、ロマン・ポランスキー(映画監督)、ユル・ブリンナー、リチャード・アッテンボロー(映画監督&俳優)、ラクエル・ウェルチ

ロケ地

ビッグ・ベン

St. James Park
・・・sirガイとヤングマンが出会った場所

バッキンガム宮殿
・・・ここの噴水でヤングマンが歯を磨いていた

ハマースミス・ブリッジ
・・・オックスフォードv.s.ケンブリッジのボートレースの場面

タワー・ブリッジ
・・・マジック・クリスチャン号が出航した場所

#その他舞台となった場所(ロケ地かどうかは不明)
サザビーズ(Sotheby's)
・・・著名なオークション会社。
34-35, New Bond St, London W1A 2AA
www.sothebys.com

 

音楽

"Come and Get It"
Written by Paul McCartney / Performed by Badfinger
"Magic Christian Music" by Badfinger

"Something In The Air"
Performed by Thunderclap Newman / Produced by Pete Townshend

 

キャスト

Peter Sellers .... Sir Guy Grand KG, KC, CBE
Ringo Starr .... Youngman Grand ESQ. (Sir Guyの養子)

Isabel Jeans .... Dame Agnes Grand (Sir Guyの姉)
Caroline Blakiston .... Hon. Esther Grand (Sir Guyの姉)
Laurence Harvey .... Hamlet (劇場の役者)
Dennis Price .... Winthrop(Sir Guyの会社の重役)
Robert Raglan .... Maltravers(Sir Guyの会社の重役)
Jeremy Lloyd .... Lord Hampton(Sir Guyの会社の重役)
Tom Boyle .... My Man Jeff (Sir Guyの秘書)
Victor Maddern .... ホットドッグの売り子
Hattie Jacques .... Ginger Horton (アグネスたちの友人)
Edward Underdown .... Prince Henry (ワインステイン公)
David Hutcheson .... Lord Barry (狩りの仲間)
Freddie Earlle .... Sol (Sir Guyの屋敷の執事)
Michael Barratt .... TV Commentator (ドッグショウのレポーター)
Ferdy Mayne .... レストラン・オーナー(Chez Edouard Restaurant)
Graham Stark .... ウェイター(Chez Edouard Restaurant)
Clive Dunn .... ソムリエ(Chez Edouard Restaurant)
Spike Milligan .... Traffic Warden (駐車違反取締員)
John Cleese .... Mr Dougdale(サザビーズの重役)
Patrick Cargill .... サザビーズ競売人
Joan Benham .... サザビーズの客
Kenneth Fortescue .... サザビーズの客
Patrick Holt .... サザビーズの客
Richard Attenborough .... オックスフォード・ボートチームのコーチ
Graham Chapman .... オックスフォード・ボート部の一員
Michael Aspel .... TV Commentator "People are talking about"のアナウンサー
Alan Whicker .... TV Commentator (マジック・クリスチャン号の様子を伝えるリポーター)

[マジック・クリスチャン号の人々]
Wilfrid Hyde-White .... Captain Reginald K. Klaus (マジック・クリスチャン号船長)
Christopher Lee .... (マジック・クリスチャン号の吸血鬼)
Roman Polanski .... バーでひとり飲んでいる男
Yul Brynner .... バーの女装シンガー
Leonard Frey .... Laurence Faggot (マジック・クリスチャン号の船医)
David Lodge .... マジック・クリスチャン号のガイド
Raquel Welch .... (マジック・クリスチャン号の、ムチを持ったガレー船監督)

参考資料とソフト

原作:『怪船マジック・クリスチャン号』早川書房 1976(ブラック・ユーモア選集)

書籍_The Magic Christian_ by Terry Southern
Bloomsbury ; ISBN: 074753098X ; 148 p / new edition 版 (1997/04)
Atlantic Monthly Press ; ISBN: 0802134653 ; Reprint 版 (1996/07)

米版Video(字幕なし)

CD:"Magic Christian Music" by Badfinger

 

(1969年 イギリス 92分)


『マン・オブ・ノー・インポータンス』A Man of No Importance (1994)

別題『ダブリンバスのオスカー・ワイルド』

監督:Suri Krishnamma ・・・『ニュー・イヤーズ・デイ 約束の日』 New Year's Day (2000)
脚本:Barry Devlin

Story

1963年ダブリン。老境に差し掛かったバスの車掌アルフィーは、相棒"ボジー"が運転するバスに乗り、今日も詩や戯曲の暗誦をして常連の乗客たちを喜ばせていた。 そこに乗り込んできた見慣れぬ若い女性アデル。ひと目見た瞬間、彼女こそ次に演出したい舞台『サロメ』のヒロインにぴったりだとひらめいたアルフィーは、彼女に劇に協力することを承諾させる。 他の乗客たちも皆この劇に出演するのだ。 敬虔なカトリック教徒であるアルフィーの義弟カーニーは、不道徳な芝居を上演するなんて!とすっかりへそを曲げてしまう。
熱心に芝居に取り組む一方でアルフィーは口に出せない想いに苦しんでいた。そして彼同様、アデルにも何か秘密がありそうで・・・

 

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オスカー・ワイルド(1854‐1900)

この映画のタイトルは、オスカー・ワイルドの戯曲「A Woman of No Importance(つまらぬ女)」のもじり。劇中劇にワイルドの「サロメ」が出てくるだけではなく、主人公アルフィーによってワイルドの言葉が多数引用されており、彼が自分自身にワイルドを重ね合わせている部分もある。アルフィーは相棒の若くてハンサムな運転手のロビーに対し「ボジー」と呼びかけるが、これはワイルドの恋人アルフレッド・ダグラス卿の愛称が「ボジー」だったことによる。 肝心のロビー自身はワイルドなど読んだことがないのか、ボジーと呼ばれてもそれが何なのかわからないようだ。

オスカー・ワイルドはダブリンに生まれ19世紀末のロンドンで花開いた作家。その作品だけでなく彼自身の言動も同時代の人々に大きな影響を与えた。

戯曲:『真面目が肝心』、『理想の夫』、『ウィンダミア夫人の扇』、『サロメ』、『つまらぬ女』

小説:『ドリアングレイの肖像』

童話:『幸せな王子』、『わがままな大男』

その他:『レディング牢獄の唄』、『獄中記』

前回(1959年)アルフィーが演出した素人芝居の演目も、ワイルドの「真面目が肝心(The Importance of Being Earnest)」。彼の義弟である肉屋のカーニーが「私にアルジャノンの役をやらせてくれ」と言っているのも、また同じものを上演するつもりなのかと思ったからかもしれない。"アルジャノン"は「真面目が肝心」の主人公のうちのひとりの名前。

アルフィーは、サロメ上演に反対するカーニーが妨害工作を行っているのを知り「クイーンズベリーめ」とつぶやく。クイーンズベリー侯爵とは、ワイルドの愛人アルフレッド・ダグラス卿(ボジー)の実父のこと。 彼は息子とワイルドの同性愛関係を非難し、公衆の面前であからさまにワイルドを侮辱し、のちにワイルドが同性愛の咎で二年間の強制労働を課せられる原因となった人物。

のちに「誘惑から逃れる唯一の方法は、欲望に身を任せること」と『ドリアングレイの肖像』からの言葉を引用しながら、アルフィーが化粧して大振りな帽子とショール、タイ、緑のカーネーションをつけてパブに出かける場面があるが、この時のいでたちが若い頃のワイルドの肖像写真(27歳で撮影されたもの)にそっくり。

参考映画(伝記):『オスカー・ワイルド』Wilde (1997)

ワイルド作品の映画化:『理想の結婚』An Ideal Husband (1999) 『サロメ』Salome's Last Dance(1987)

戯曲『サロメ』

旧約聖書に題材を求めたワイルドの戯曲。 サロメは、ユダヤの王ヘロデの後妻ヘロディアスの連れ子。 王に請われて七つのヴェールの踊りを披露したのと引き換えに、洗礼者ヨハネ(John the Baptist)の首を所望するという筋書き。

ワイルドの戯曲の他、音楽では・シュトラウスによるオペラ、絵画ではビアズリーやモローによって描かれるなど、芸術的インスピレーションを刺激するモティーフ。アルフィーの自室にも、ビアズリーによるサロメの絵が飾ってある。

脚本の読みあわせでビアズリーのエロティックな絵を見たカーニーは、これはいかがわしい芝居だと立腹する。しかし洗礼者ヨハネの唇を欲するなど情念に身を焦がす女・・・というヒロイン像は、反対に処女ならではの残酷さによると解釈されることも多い。 現に台詞にも処女だったことが示されている。 サロメを演じたアデルが舞台の上で涙を流したのも、この台詞に反応したため。

参考映画:『サロメ』Salome's Last Dance(1987)

緑色のダブル・デッカー

ロンドンでは赤いダブル・デッカー(二階建てバス)も、ダブリンでは緑色。 現在では運転手がひとりで料金の受け取りもこなすワンマン・バス方式が定着しているが、1960年代はまだ運転手と車掌の二人組みで業務を受け持つ方式。 バスの形も現在と違ってボンネット形の車体で、後ろから乗り込むように後部に入り口があり、バー(棒)がついている。

食べ物に冒険しない

アルフィーがカンツォーネを歌いながら作ったスパゲティ・ミートソースを「こんなの食べられない」とこわごわソースをどけようとする妹のリリー。彼女の食べ物の好みは非常に保守的なので、アイルランドの伝統的なメニュー以外は敬遠するようだ。 「カレーも嫌い」と、現在のイギリスやアイルランドでは外食の定番コースのひとつとなっているカレーも、1960年代の保守的なダブンリン女性には理解できないもの。 彼女の夫カーニーも似たようなもので、「フォンデュ用の肉」と言われても、フォンデュとは何かをそもそも知らないのだ。

厳しい倫理観

1960年代という時代背景、そして国民のほとんどが敬虔なカトリック信者というお国柄のアイルランド。1995年になってやっと離婚が合法化されたくらいなので、姦通や未婚の母(婚外妊娠)は、現代とは比べ物にならないほどとんでもない悪徳とみなされていた。 敬虔なカトリック教徒であるカーニーも、人一倍そういった倫理観が強い。教会でのミサに出席した後リリーが「心洗われたわ。英国の罪人たちとは大違い」と、プロヒューモ事件について話題にした時、彼は「姦通はこの世で二番目に恥ずべき罪だ!」と息巻く。続けて「一番重い罪は同性愛だ!」と声高に主張するのだが・・・

#この会話からその日のミサが聖ブレーズ祭(2月3日)のものだったことがわかる。

プロヒューモ事件

アルフィーがリリーのためにスパゲティを作っている場面で、ラジオからは陸相の辞任など「プロヒューモ事件」関連のニュースが流れていた。 プロヒューモ事件はイギリスの政財界を巻き込んだ大スキャンダルで(詳しくは映画『スキャンダル』の項で解説)、遠く離れたダブリンでも人々の関心がいかに高かったかがうかがえる。

前夜パブで騒ぎを起こしたアルフィーに出会ったカーソン警部が、「スティーブン・ウォードのように牢獄に入れられなくてよかったな」という台詞も、このプロヒューモ事件の影響。*スティーブン・ウォード・・・プロヒューモ事件の中心人物の一人。映画『スキャンダル』Scandal(1989) ではスティーブン・ウォードをジョン・ハートが、プロヒューモをイアン・マッケランが演じた。

「マクベス」は禁句

アルフィーの親友バードは「13日の金曜日に芝居をやるのは不吉だ」と言い出し、続いて「ハムレットも不吉だ」という。アルフィーは「それはマクベスの間違いだろう」とすかさず訂正。一般にシェイクスピアの『マクベス』は、舞台関係者たちに不吉な名前だと思われており、口に出さなければいけない時は「スコットランドの芝居」とあいまいに表現する。

参考映画:『ドレッサー』 The Dresser(1983)

スヌーカー

ボジーことロビーが友達とスヌーカーに興じているところにやってきたアルフィー。スヌーカーはビリヤードに似た玉突きゲームで、イギリスではその試合がTV中継されるほど人気。 ビリヤードと違って紅白の玉を使う。

パブのある風景

アルフィーが飲みに来ていたパブは、どうやら同性愛者らしき男たちも何人か出入りしているような雰囲気。 ひとりテーブル席でビールを飲んでいるアルフィーだが、カウンターの青年たちからの意味ありげな視線に気づいて慌てて退散する。

同性愛の禁忌

冒頭でアルフィーが胸に着けた緑色のカーネーションを運河に投げ捨てる場面があるが、あの時点ですでにアルフィーが同性愛者であることを観客にほのめかしている。緑色のカーネーションは19世紀末のイギリスでは同性愛の隠喩として使われていた。

また深読みすれば、その場面で流れる"Let's Do It (Let's Fall In Love)"の作曲者コール・ポーターもゲイだったので、冒頭の場面ですでに伏線が張り巡らされているということか。

イギリスで同性愛が犯罪とされなくなったのは、1967年のこと。 アイルランドでもおそらく事情は同様で(おそらくイギリスより厳しい)、1963年当時なら同性愛者であることが発覚したり、現場を取り押さえられたりしたら実刑判決が下ることも珍しくなかった。 現にオスカー・ワイルド自身も同性愛の罪で二年間投獄されていた。

 

引用

作中にオスカー・ワイルドの言葉が豊富にちりばめられている。

The Harlot's House

冒頭、バスの乗客たちに朗読する場面で、"死者とダンスを踊る詩を"とリクエストされている。

The Harlot's House

by Oscar Wilde
We caught the tread of dancing feet,
We loitered down the moonlit street,
And stopped beneath the harlot's house.

Inside, above the din and fray,
We heard the loud musicians play
The `Treues Liebes Herz' of Strauss.

Like strange mechanical grotesques,
Making fantastic arabesques,
The shadows raced across the blind.

We watched the ghostly dancers spin
To sound of horn and violin,
Like black leaves wheeling in the wind.

Like wire-pulled automatons,
Slim silhouetted skeletons
Went sidling through the slow quadrille.

They took each other by the hand,
And danced a stately saraband;
Their laughter echoed thin and shrill.

Sometimes a clockwork puppet pressed
A phantom lover to her breast,
Sometimes they seemed to try to sing.

Sometimes a horrible marionette
Came out, and smoked its cigarette
Upon the steps like a live thing.

Then, turning to my love, I said,
`The dead are dancing with the dead,
The dust is whirling with the dust.'

But she -she heard the violin,
And left my side, and entered in:
Love passed into the house of lust.

Then suddenly the tune went false,
The dancers wearied of the waltz,
The shadows ceased to wheel and whirl.

And down the long and silent street,
The dawn, with silver-sandalled feet,
Crept like a frightened girl.

「道徳的な踊りとか、不道徳な踊りなんてものはない」

「サロメ」を上演することになったとバーディに相談している場面。 教会ホールで上演するのに悩ましい踊りがあるサロメを上演するのはいかがなものか、という問いへの答え。

アルフィー:「Dancing is neither modest or immodest. It's either well-done, or badly done.」

これは『ドリアングレイの肖像』にある「道徳的な本とか不道徳的な本とかいうようなものはない。 本は良く書けているか、悪く書けているかのいずれかだ。」という台詞のパロディ。

「口に出来ない愛(The Love that dare not speak its name)もあるんだよ」

なにか恋愛関係で事情のありそうなアデルに、アルフィーがかけた台詞。 これもオスカー・ワイルドの言葉。

アルフィーが逮捕された翌日、カーソン氏に「口に出来ない愛じゃなかったのか」と揶揄されたとき、アルフィーが反論していた言葉(年上の男が若い者に愛情を抱き・・・)もまたワイルドの引用。

It is in this century misunderstood, so much misunderstood that it may be described as the "The Love that dare not speak its name" and on account of it I am placed where I am now. It is beautiful, it is fine, it is the noblest form of affection. There is nothing unnatural about it. It is intellectual, and it repeatedly exists between an elder and a younger man, when the elder man has intellect, and the younger man has all the joy, hope and glamour of life before him. That it should be so, the world does not understand. The world mocks at it and sometimes puts one in the pillory for it.

「誘惑から逃れる唯一の方法は、欲望に身を任せること」

意を決してアルフィーがパブで見かけた美青年に声をかけようと出かける場面の台詞。これも『ドリアングレイの肖像』からの引用。

The only way to get rid of temptation, is to yield to it.

レディング牢獄の唄 (The Ballad Of Reading Gaol)

ラストシーンでアルフィーが"ボジー"に朗読してもらっていたのは、「レディング牢獄の唄 (The Ballad Of Reading Gaol)」の一節。 ワイルドはアルフレッド・ダグラス(=ボジー)との同性愛の件で彼の父親に訴えられた裁判に負け、二年間の強制労働という実刑判決を受けた。その受刑中である1898年に獄中からワイルドの囚人番号である「C.3.3」名義で出版された詩集。

Like two doomed ships that pass in storm
We had crossed each other's way:
But we made no sign, we said no word,
We had no word to say;
For we did not meet in the holy night,
But in the shameful day.

A prison wall was round us both,
Two outcast men were we:
The world had thrust us from its heart,
And God from out His care:
And the iron gin that waits for Sin
Had caught us in its snare.

ロケ地

ダブリン

フェニックス・パーク内の動物園?

キャスト

Albert Finney .... Alfred Byrne (バスの車掌・通称アルフィー)
Brenda Fricker .... Lily Byrne (アルフィーの妹・肉屋のカーニーの妻)
Michael Gambon .... Ivor J. Carney(肉屋・リリーの夫・敬虔なカトリック教徒)
Tara Fitzgerald .... Adele Rice(バスの常連・サロメ役)
Rufus Sewell .... Robbie 'Bosie' Fay(バス運転手)

Patrick Malahide .... Inspector Carson(警官)
David Kelly .... Christy 'Baldy' Ward (アルフィーの親友)
Mick Lally .... Ignatius Kenny神父(聖イメルダ教会の神父)
Anna Manahan .... Mrs Grace(バスの常連・王妃ヘロデア役)
Joe Pilkington .... Ernie Lally(バスの常連・カッパドキアの兵士役)
Brendan Conroy .... Rasher Flynn
Joan O'Hara .... Mrs Crowe(バスの常連・衣装小道具係)
Eileen Reid .... Mrs Rock
Eileen Conroy .... Mrs Curtin
Maureen Egan .... Mrs Dunne
Paddy Ashe .... Mr Ryan
Pat Killalea .... Phil Curran(バスの常連・双子・第一の兵士)
John Killalea .... Jack Curran(バスの常連・双子・第二の兵士)
Pascal Perry .... Mr Gorman
Joe Savino .... Breton-Beret
Paudge Behan .... Kitty(パブにいた美青年)
Jimmy Keogh .... Treasurer
Ingrid Craigie .... Waitress
Enda Oates .... Garda
Damien Kaye .... Foley
Catherine Byrne .... 運河で会った女性
Dylan Tighe .... (アデルの大家の息子)
Stuart Dunne .... John (アデルの恋人)
Jonathan Rhys-Meyers .... (スヌーカー友達)
Vincent Walsh .... Second Young Man
Paul Roe .... Third Young Man

参考資料とソフト

『オスカー・ワイルド全集』西村孝次・訳/青土社
・・・現在絶版?

『サロメ』
オスカー・ワイルド/福田恒存・訳/岩波文庫

『サロメ,ウィンダミア卿夫人の扇』
オスカー・ワイルド/西村孝次・訳/新潮文庫 (1953/04/01)

『サロメと名言集』
オスカー・ワイルド/川崎 淳之助・荒井 良雄 編・訳

『ドリアン・グレイの肖像』
オスカー・ワイルド/福田恒存・訳/新潮文庫

『ドリアン・グレイの画像』
オスカー・ワイルド/西村孝次・訳/岩波文庫(1967/09/01)

_The Picture of Dorian Gray_by Oscar Wilde
朗読:ルパート・グレイヴズ(カセットテープ) (2001/10) Media Books Audio Publishing

『獄中記』
オスカー・ワイルド/田部 重治・訳/角川文庫ソフィア(1998/04/01)

『オスカー・ワイルドの生涯』
平井博・著/松柏社

『オスカー・ワイルドの生涯―愛と美の殉教者』
山田 勝・著/NHKブックス(1999/11/01) 日本放送出版協会

ユリイカ 第32巻第6号―詩と批評 (32)
単行本 (2000/04/01) 青土社

(1994年 イギリス 99分)


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